2025-02-01から1ヶ月間の記事一覧
信仰者の成長をエフェソ書はこう描きます。「私たちは成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するとあります」。
自分の人生を感謝できるとしたら、それはどんな人生なのだろう。感謝できるとの判断基準は何なのだろう。
老いた人は、死を意識し、それが心の重荷となります。いつも喜んでいなさいと聖書は教えます。どうしたら喜べるのかな?
人は洗礼を受け新たに生まれます。それは神の言葉によって生きる人間へと生まれ分かります。
世の終わり、キリストの再臨、最後の審判、復活など終末の事柄を信じることはむずかしい面があります。信仰の父アブラハムに私は倣います。
テサロニケの教会では、信仰者のお互いに対する愛が豊かになっていた。それは信仰の成長による者。
「信仰者の成長」という言葉をあまり聞きませんが、教会は信仰者の成長を導く働きをします。教会の大切な働きと信じます。
眼の手術をする可能性があり、憂うつな規模雲になります。パウロは苦難を誇ると語ります。苦難を誇るなら、憂鬱な気分なんて吹っ飛ばせる?
信仰によって義とされた人がどのような人なのか、神からの恵みとキリスト者の誇りについて聖書に聞きます。
キリスト者は神との関係に生きます。神との関係を自覚し大切にすることは私たちを幸いに導くと考えます。
昨日は説教奉仕をしました。説教後、賛美をしながら私は喜びに満たされました。神さまに感謝です。
福音を伝えるのは、牧師だけでなく、信徒もまたキリストの証人として福音を伝える存在です。それは、福音を言葉で伝えることもあれば、その存在を通して福音を伝える、あるいはキリストを証しするということがあります。
私を生かした聖句。 詩篇 4:8 人々は麦とぶどうを豊かに取り入れて喜びます。それにもまさる喜びを/わたしの心にお与えください。
天の国に向かえらえた人について序列はあるのでしょうか。「天の国で最も小さい者」「天の国で大いなる者」「天の国で一番えらい」という言葉が出てきます。
教会は福音を宣べ伝えます。それを担う人は神が選ばれます。福音を伝えたいとの思いを神は人にお与えになります。これを召しと言います。