クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

聖書黙想

アイデンティティーを問う神

ヨハネ福音書1章19~28節を読みました。 <聖書から> 19~20節にこう書かれています。 さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、彼は公言し…

根本的転換の必要

ルカ福音書のディボーションが終わり、今日はヨハネ福音書1章1~3節を読みました。 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかっ…

死もまたイエスに倣う

三日ほど前にルカ福音書の最後、主イエスの昇天場面を読みました。その時は黙想をして時間切れ。今日はその続き、適用です。主イエスは弟子たちの目の前で天に上げられ見えなくなりました。主イエスは目に見えない世界に行かれました。マリアから生まれ、十…

見えなくなった主イエス

三日ほど前にルカ福音書の最後、主イエスの昇天場面を読みました。その時は黙想をして時間切れ。今日はその続き、適用です。主イエスは弟子たちの目の前で天に上げられ見えなくなりました。主イエスは目に見えない世界に行かれました。マリアから生まれ、十…

神の言葉は実現する

イエス様の復活を信じることは、終末の事柄を信じることにつながります。共通点は、神のことばは実現する、です。

イエス様の覚悟

受難週の聖書黙想。人々に中傷され、あざけられ十字架の道を辿るイエス様。その心中にある思い、覚悟とは何か。

自分の枠を吟味する

受難週の聖書黙想です。今日はルカ福音書 22章66~71節を読みました。 最高法院での裁判の場面です。「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」と問われたイエス様は「今から後、人の子は全能の神の右に座る」と語られました。このことが神を冒とくしたこと…

とっさに嘘が

ペトロのはイエス様を裏切りました。そのペトロを見つめるイエスの眼差しは愛の眼差しでした。

受難節の中にあって

今日の私の聖書黙想を紹介します。受難節の中にあって、受難を語る聖書箇所を黙想しました。 ルカ福音書 22章24~30節 (内容) 過越の食事が終わった後、弟子たちは自分たちの中で誰が一番偉いのかとの議論を始めた。それに対するイエス様の答えが書かれて…

人生を導かれる神(5)

おいしいものは自分でつくる。食べたいものは自分でつくる。そんな思いでスパイスカレーを作っています。今日の夕食は鶏肉のキーマカレー。妻はおいしいと言ってくれました。スパイスカレーは作り方は簡単ですが、スパイスの組み合わせをどうするかが初心者…

御国を思う(1)

ドイツのトゥルナイゼン牧師の葬儀説教『御手に頼りて』(日本基督教団出版局)の中に色々な聖書箇所が引用されていて、それらの聖書箇所を思いめぐらしたいとの思いが私にはあります。そして最近思いめぐらしたのは、コリントの手紙一の言葉です。これはパ…

神さまをどう考えるか、それが問題

ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」 イエス様がザアカイの家に入ったことを見てつぶやいた人たちがいます。彼らは神を信じています。神さまは罪深い者を…

アイデンティティー(9)

私は「神の子」というアイデンティティーを大切に思っています。アイデンティティーには二つの面があります。一つは、神さまが私たちのことをアイデンティティー通りの存在と見てくださるという面です。これは福音、恵み、と言うことができると思います。も…

アイデンティティー(8)

私が大事にしているアイデンティティーの一つに「神に属する者」があります。イエス様がファリサイ派の人たちに語った言葉があります。ヨハネ福音書8章の言葉です。 わたしは真理を語っているのに、なぜわたしを信じないのか。神に属する者は神の言葉を聞く…

アイデンティティー(7)

今日は和歌山県のG教会への礼拝説教奉仕でした。よい天気で気持ちのよい旅ができました。帰り大阪の天王寺駅から奈良行きの大和路快速に乗り、思いめぐらしていると前の席に座っている男性が「この電車は関空(関西空港駅)に行きますか」と聞いてきたので…

アイデンティティー(6)

自分はアイデンティティどおりの人間である、これが「私」についての真理です。 信仰者としての私のアイデンティティーは、現実の私、実感できる私とは違っています。私は神の子、正しい者、世の光、地の塩、神のもの、といっても、そうは思えないと感じ、自…

アイデンティティー(5)

アイデンティティーを意識した最初の説教は、金沢にいたとき、地区の集会で行ったように記憶しています。聖書はマタイ福音書5章の言葉を取り上げました。 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。…

アイデンティティー(4)

信仰問答書と呼ばれる本があります。私たちは何を信じるのかを教える本です。私が一番親しんだのはハイデルベルク信仰問答です。一番目の問答は有名です。 問1 生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか。 答 わたしがわたし自身のものではなく…

アイデンティティー(3)

キリスト者のアイデンティティーを知って、私の心は落ち着いたように思います。 私は二回、劣等感を抱いたことがあります。大学時代、牧師になってからです。大学生の時、大学紛争が起こり、クラスで討論会がしばしば開かれました。その時、具体的な意見を持…

アイデンティティー(2)

神さまはご自分のアイデンティティーを明らかにされます。神さまは、アイデンティティーどおりのお方です。神さまは信仰者のアイデンティティーを語ります。信仰者のアイデンティティーは、「正しい人間」「神の子」です。しかし私たちの存在は、アイデンテ…

アイデンティティー

「アイデンティティー」という言葉は、教会よりも世間でよく使われているように思います。私はこの言葉は信仰を考える上で大切な言葉だと考え、説教でも用いますが、だれもが聞いてすぐ理解できる言葉ではないので、使うことにためらいは感じます。だからい…

大いなる信頼と悲痛な叫び

奈良高畑教会の祈祷会では今、詩編を読んでいます。昨日は詩篇46編を読みました。そして一つの疑問にぶち当たりました。詩編にはある意味対立する内容があるのです。 詩編46編の冒頭の言葉を紹介します。 神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難…

祝福の源になる?

金沢元町教会を引退して奈良に住むことを決めた時、僕は自分をアブラハムに重ねていました。アブラハムは神さまの示す地に向かって旅をしましたが、奈良は神さまの示された地と信じて転居しました。アブラハムは神さまから、祝福の源となるとの約束を得てい…

神の召しは死ぬまで続く

(聖書から) ソロモン王は多くの王妃、側女を抱えました。老境に入って偶像礼拝をするようになりました。彼女たちが信じる神々を礼拝するようになり、神の怒りを招きました。「私以外の者を神としてはならない」との神の戒めに背いたのです。絶大な権力、莫…

列王記上9章を読んで

朝、列王記上9章を読みました。神さまがソロモン王に語りかけます。そこには祝福の約束と警告が語られています。神の前に無垢な心で正しく神の前を歩み、神が命じたことを行う人への祝福の約束があります。対照的に神に背を向けて離れ去り、神の戒めと掟を…

アブラハムを思う

家の中で荷物をずっと整理していたので、気分転換がしたくなり、午後、若草山に登りました。家から15分ほどで春日大社に着き、さらに10分ほど歩くと、若草山の登山ゲートに着きます。観光客も沢山います。中国人が多くいます。30分ほど登って山頂。帰りは春…