holalaのブログ

隠退(引退)牧師holalaのブログです。

イエスの恵み(11)思いを超える神の助け

鳥羽教会時代のことです。私が赴任したとき教会はすでに、新しい会堂を建設する土地を取得していました。現会堂は通りから奥まったところにあり、車がやっと通れるような細い道に面していました。駐車場もありませんでした。伝道のための立地条件は非常に悪…

イエスの恵み(10)ほめられる恵み

人からほめられる、これは励みになります。神さまは人を介して、私を励ましてくださいました。

人は死んだらどこへ行く?

人は死んだらどこへ行くのでしょうか。使徒パウロはこの世を去ってキリストと共にいたいと語り、イエス様は十字架の上で一緒に十字架につけられた人に「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と語られました。

イエスの恵み(9)T牧師との出会いの恵み

人から自分が正されること、それは大切な恵みです。人に注意して反発された体験。

イエスの恵み(8)赦される恵み

自分を守るための無意志についたささやかな嘘。気づいて悔い改めて知る赦しの恵み

聖霊の導きを求めて(22)付録

青い鳥を探して旅に出たチルチルミチル。私も彼らと同じだったのかもしれません

聖霊の導きを求めて(21) 最終回

聖霊の導きを求めての最終回。 大切なことは、神の言葉を審理とする信仰であり、これもまた聖霊の導きによることでした。

神を愛するとは

神を愛するとは、神の戒めを守ること。いや神を愛するとは神の心を大切にすること。

それでも人は生きて行く

この数日、何人かの人に出会い、私の脳裏に浮かんだ言葉が「それでも人は生きて行く」でした。

イエスの恵み(7)K牧師との出会い

神さまは、人との出会いを私に与え、牧師としての私の歩みを導いてくださったことをあらためて思います。K牧師から、親のあり方、信仰者としての敬虔を学びました。

私が直面する宣教の壁(2)

聖霊をどう信じるのか。それが課題です。キリストとそのすべての恵みを受けるように導くのが聖霊だとハイデルベルク信仰問答は教えています。私たちはその恵みを聖霊を信じて受け取っているのかどうか。

習慣について

私たちの生活は習慣の集合です。良い習慣を身につけることは私たちの生活の質を向上させます。

私が直面する宣教の壁(1)

福音宣教に対する壁を感じます。私が考える壁を紹介します。それは福音を罪の赦しに限定して狭く考える傾向です。

聖霊の導きを求めて(20)

異言という聖霊の賜物を受けることは素晴らしいことかもしれません。でも愛がなければ空しいと聖書にあります。聖霊に導かれて神の言葉に生きる、これが一番大切なことと考えるようになりました。

折々の恵み

神さまは、人を用いて語りかけてくださいます。ひとりの姉妹からの手紙が、そこに書かれていた説教者の言葉が、私の心をおだやかにしてくれました。

日々の生活

日々の生活の紹介。生活しているとの実感を感じるようになりました。また小さな字が読めなくなる不便を感じつつ生活しています。不便も必要なのかもしれません。

聖霊の導きを求めて(19)

キリスト者は聖霊との交わりに歩みます。それは神さまの言葉を慕い求め、神さまの言葉を思いめぐらし、神さまの言葉によって生きることです。聖霊はすべてのキリスト者を導いてくださいます。

聖霊の導きを求めて(18)

1996年超教派の集会に参加してデボーションを学ぶようになりました。聖霊に導かれて生きる歩みが始まりました。

イエスの恵み(6) イエス様と出会わせてくださった人

人との出会い、それも神さまの恵みです。礼拝に誘ってくださった方のお陰で私は信仰に導かれました。今度は、私が用いられたい。

イエスの恵み(5) 御心のままに望ませる神

神さまは、私の心に願いを起こさせ、それを実現に導いてくださいました。思いがけない道が拓けました。

滅びについて

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」. このよく知られた聖句は「滅び」に言及しています。滅びとは何でしょうか。

イエスの恵み(4) 信仰なき者の願いを聞かれる神

信仰を持つ以前の私の願い、「そのためならしんでもよいもの」、そのために生きていきたいとの私の願いを、神さまはかなえてくださいました。

聖霊の導きを求めて(17)

聖霊を求めて、聖霊の満たしを求めて歩みの結果として二つのことを学びました。 1.聖霊は私のうちに住んでおられると信じること。 2.聖書を真理の言葉として信じること。

聖霊の導きを求めて(16)

聖霊が私のうちにおられることを確信できる日が到来しました。聖霊の内住の確信です。

かけがえのない日々

人生の残りの日々よりも、夫婦二人で過ごす日々の方がかけがえのない日々に思えてきました。

聖霊の導きを求めて(15)

聖霊を受け、力ある奉仕をするためにはるために何をしたらよいのか。本で学び努力をしました。

イエスの恵み(3) 新しい自分に生きる

劣等感からの解放。主イエスを信じ、神の子としてのアイデンティティーを喜び、自分の個性を喜ぶことができるようになりました。

聖霊の導きを求めて(14)

妻の友人が通っている教会の牧師の説教に心惹かれ、説教テープを取り寄せて聞きました。夏休みを利用して、その教会に行きました。その牧師も聖霊のバプテスマを受け、異言を語る牧師でした。

聖霊の導きを求めて(13)

異言を語る試みを行って思ったこと。

まだまだ生きるつもり

年をとり、いろいろな検査をするようになりましたが、検査結果にホットし、私はまだまだ生きいるつもりでいるようです。