クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

本日のメッセージ(2008.2.10)
コリント一13:4〜7 愛はいらだたない

 私たちは自分の心を新しくし、自分の感情を新しくすることができることを福音として聞きましょう。いらいらも克服できます。


1.あなたはいらいらしても自分を責めなくてもいい


 「いらだたない」と訳されたギリシャ語は、「いらだつ、激昂する、憤慨する」と訳されます。新改訳聖書は「愛は怒らず」と訳します。別な訳では、「軽々しく怒らず」「怒りっぽくありません」とあります。

「愛はいらだたない」

と受けとめて聖書から教えられたいと思います。
 「いらだち」、それは物事が思うようにいかない時に感じる感情です。そして他の人に対する怒りとなって現れがちです。いらいらを与える人に対して怒り、時には関係のない人に八つ当たりをすることもあります。誰もが経験する事柄です。

 ある感情がわいてくるのは防ぐことができません。止めることもできません。いらいらの感情もわいてきます。「いらだつな」と命じても、いらいらの感情がわいてくるのはどうしようもありません。でも、いらいらする自分を責める必要はありません。問題は、いらいらを感じたとき、どうするか、です。

 創世記の最初にカインとアベルという兄弟の物語があります。二人はそれぞれ収穫物の中から、その一部を神に捧げました。兄のカインは、農作物を、弟のアベルは羊を神に捧げました。

 神は、弟のアベルの献げものを受け入れ、カインのは受け入れなかったのです。その結果、カインは激しく怒り、顔を伏せます。その時、神は言うのです。

「どうして怒るのか。おまえが正しいのなら、顔を上げることができるはずだ」。

神は怒りの感情に左右されるな、と警告したのです。でもカインは、怒りの感情に突き動かされ、弟を殺してしまいました。

 あなたは、いらだちの感情がわいてくることで、自分はまだ成長していないとか、こんなことではまだだめだ、とか、自分を責める必要はありません。いらだつ感情を治めることが必要です。流されてはいけません。

 いらだちを感じたら、祈ることです。怒りを人にぶつけることは、間違いです。罪です。悔い改めましょう。悪い感情が湧いてきたときは、祈りましょう。そして気持ちを静めることが大切です。


2.考え方を変えるとあなたの感情は変化する


 外から何か刺激を受けると私たちは反応します。誰もが同じ反応をするわけではありません。反応の仕方は人によって異なります。

 話し方が遅かったり、なかなか結論を言わない話し方にいらつくことがあります。でも平気で聞いている人もいます。人によって、感じ方が違うのです。なぜ人によって反応の仕方が違うのでしょうか。

 ある人がねたみを感じても別の人は感じません。ある人が劣等感を感じても別の人は感じません。ある人が自分に対する責めを感じても別な人は感じません。それは。人それぞれの考え方が違うからです。それまでの人生で身につけてきた物事の受け止め方が違うからです。その違いが、受け止め方の違い、わいてくる感情の違いとなります。

 私たちが考え方を変えると、感情に悩まされなくなります。考え方、物事の受け止め方を変えると、感じ方も変わるのです。たとえば、つい人と自分を比較してしまう癖のある人は、ねたみを感じるかもしれない。劣等感を感じたり、優越感を感じて人を馬鹿にしたりするかもしれない。しかし、自分と人を比較するのをやめれば、ねたみも、劣等感も感じなくなります。

 あなたが物事をどう考えるかで、わいてくる感情が違ってくるのです。

 どんなときに自分がいらつくのかを明確にし、どういう考え方をすればよいのかを考えることが必要です。あるいはこういう場合に自分はこういう反応の仕方をするんだと気づくだけでも治ることがあります。

 どういう考え方をすればいいのか、聖書に書いてあります。ですから、聖書の言葉を学んで心を新しくすることが大切です。新しくするとは、聖書に根ざした考え方、物事の受け止め方をするということです。

 キリスト教入門コースで聖書を学んでいたとき、ある方は、死の恐怖がさっと消えました。別のある方は、説教を聞いた後、自分の中にある憎しみに気づき、人に祈ってもらったら、憎しみがさっと消えました。

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」(ローマ12:2)。

基本的には、聖書の教えに基づいて考える心が求められます。その心に新しい感情が宿るのです。、

 信仰者とは、新しく生まれ変わった人です。どのように新しく生まれ変わるのでしょうか。

「あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです」(ペトロ一1:23)。

 あなたが聖書の言葉に根ざして生きる時、あなたは生まれ変わっているのです。この世に倣うのではなく、御言葉に根ざして物事を考えるようにするのです。その時、新しい感情が心に宿るでしょう。


3.あなたはいらいらしない人になる


 もし、あなたがイエス様のように考えたらどうなるか、です。イエス様は、父なる神に従順でした。御言葉に従い、神様に従順になれば、あなたは、イエス様のように考え、イエス様のように感じることができるのです。イエス様に似た人へと変えられていくのです。それがあなたの成長です。

 あなたは自分の感情をコントロールすることはできません。しかし、聖書を読み、学び、聖書に根ざした考え方をすることができます。

 聖書に根ざした考え方が新しい心、新しい感情を生み出します。これをするか、しないかは、あなたの選択です。
考え方を変え、新しい心を受け取り、いつも良い感情をもって生きる人になりましょう。


4.適用
夫婦の間で、いらついて相手に怒ったり、あるいは八つ当たりをしたことが思い出されるなら、相手に謝りましょう。相手が謝ったら赦しましょう。自分がいらついて不愉快な思いを与えた人に謝りましょう。
いらいらだけでなく、自分が持ちやすい、悪い感情に気づきましょう。気づいたら、分かち合うことができる人に語り、祈ってもらいましょう。自分の問題点を分かち合い、祈ってもらうことから、問題が解決することが多いのです。
そして聖書を学んで、考え方を御言葉に根ざしたものにしていきましょう。そして心を健康にしていきましょう。