昨日は前夜式。今日は葬儀。金沢元町教会の祭壇は簡素である。講壇の手前に棺を置き、講壇と棺の間に遺影立てをおいて、遺影を置く。遺影はスライドみたいに後ろから光を当てて明るく映し出すものとなっている。棺の両脇に花が一対。棺の上に小さな花かごをおく。献花もしない。清楚で簡素でよいと思う。葬儀後、遺族、近親者、教会員が棺の中に花を飾る。
年をとり涙もろくなったせいか、賛美歌を歌っていると胸に迫ってくるものがあって歌えなくなる。今回は、故人の愛唱賛美歌「いさおなきわれを」を歌っていると、何度も歌えなくなる。司式をする自分が泣いてはいけないのだが、賛美歌が心に響きすぎる。
葬儀を行うときに解決すべきは駐車場の確保。教会の近くに別な葬儀社の会館と駐車場があるので借りることにした。その葬儀社に葬儀を依頼すれば駐車場は無料で借りることができるが、キリスト教の葬儀に慣れた業者にいつも頼んでいる。ある意味でパートナーである。お寺の住職さんの葬儀があるとかで、その駐車場を借りることができなくて困ったが、典礼委員会の委員長のYさんが教会の周囲にある空き地を地図で見つけ、地主を捜し、駐車場を借りることができるように努力してくださった。感謝。その他、お茶の用意、、受付、会場案内、プログラムの印刷、後片付け、その他、様々な奉仕を教会員がしてくれる。みんなで力を合わせての葬儀である。自ずから説教にも力が入る。
リムジンの霊柩車に乗って斎場へ。そして火葬。約一時間で骨揚げ。風邪を引いていたが、無事に葬儀を終えることができて感謝。ゆっくりして体を休める。
天に召されたTさんの言葉。
「神様って本当に偉いと思う」
「神様はいらんことはされない」。
これが具体的に何を意味しているのかを解説する形で説教。信仰告白の言葉だ。