クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

本日のメッセージ(2010.12.12)
聖書 ルカ2:41〜52 神を父と呼ぶ幸い


 今日読んでいただいた聖書に書かれていることは、他の福音書にはない、ルカ福音書だけの記事です。イエス様の少年時代のエピソードです。これを読んで、イエス様も人間として成長しておられるのだなと思いました。イエス様は人間なので肉体的にも成長されました。そのことは、今日の聖書の最後で、「背丈も伸び」と記されています。また神殿で学者たちと対話をされていたということは、神の教えを理解するという面でもイエス様は成長の途上にあることを伝えているのではないでしょうか。


 信仰とは神様との交わりです。信仰に生きるとは、神さまとの交わりがいよいよ深くなるということです。イエス様は、神さまのことを「父」と呼びました。旧約聖書でも、神さまを父と呼ぶことはあります。

「しかし、主よ、あなたは我らの父。私たちは粘土、あなたは陶工。私たちは皆、あなたの御手の業」(イザヤ64:7)。

神を創造主と呼びながら神を父と呼んでいます。父はすべての存在の源という意味で、神さまが父と呼ばれています。
しかし、イエス様が神さまのことを「父」と呼ぶとき、それは個人的な関係として、親しい関係にある方として、神を父と呼んでいます。イエス様がどうして神を、父と親しく呼ぶようになったのか、それはわかりませんが、私たちもイエス様から教えられ、神さまのことを天の父と呼ぶようになりました。


 41節によると、イエス様の両親は12歳になったイエス様を連れてエルサレムに旅をしたとあります。それは過越祭の時でした。過越祭というお祭りは、出エジプトの救いを記念する祭りです。つまり紀元前十三世紀頃、イスラエルの民はエジプトの国で奴隷状態で苦しんでいました。神はイスラエルの民をその苦しみから解放し、自由に生きることのできる土地へと彼らを導き出しました。


 神さまは、この救いの出来事を思い起こし、救い主なる神をイスラエルの民がいつも崇め、この神に信頼するように、そして子供たちに、神さまのことを伝えるようにと、過越の祭りを祝うことを命じました。過越祭の時には、家族ごとに定められた食事をしますが、その時、子供は「これは何のことですか」と意味を問うのです。そして父親は、出エジプトの出来事、つまり神の救いの物語を子供に伝えるのです。そして子供へ信仰が受け継がれていくわけです。


 そして神の掟である律法には、イスラエルの男子は年に三度、エルサレム神殿に詣でることが定められていました。しかし、やがて年に一度過越祭の時にエルサレムに行けばよいということが慣習になっていきました。イスラエルでは、13歳になると大人として、神の律法を守ることが求められると言われます。そこでイエス様が12歳の時にエルサレムに連れて行き、エルサレムへの巡礼は神を信じる者としてなすべきことをご両親はイエス様に教えたのです。イエス様の両親は、ユダヤ教の教えに忠実に生きていました。イエス様は信仰者の家庭で育てられたのです。


 私たちも、子供に信仰を受け継がせたいと考えます。イエス様の時代、信仰というのは、たとえば村という共同体、町という共同体の中に生きていました。そこに生きている人たちがみな信仰に生きており、安息日になるとみな会堂で礼拝をささげます。イエス様が両親に連れられてエルサレムに行ったときも、それは家族旅行ではなく、団体旅行でした。ナザレの村から人々が連れ立ってエルサレムに旅をしたのです。共同体の中で育つとき、信仰の継承は自然に行われます。子供たちは大人を見て、育ちます。仕事にしても子は親の仕事を受け継ぎます。


しかし、現代のように、共同体が失われ、様々な情報が行き交う時代にあって、大人の姿 を見て信仰を受け継ぐということは難しくなりました。両親が毎週礼拝に行くからといって、子供が礼拝につながりやがて信仰を持つとは限らなくなりました。小さい頃から親と一緒に教会に来ていた子供も、たとえば中学生になるとクラブ活動があるからとか、友達は教会に行っていないからとか、いろいろ理由をつけて教会に来なくなることが多く、信仰を受け継がせることは困難になりつつあります。


 こうなると、どうしたら信仰の継承が可能になるかといったら、本気で信じていることを親が見せることしかないのではと思います。キリストを信じる信仰は、本気で信じる価値があるというか、この信仰なしには自分は生きていけないという思いを表すことしか、手段がないように思えるのです。これは私の考えです。


 幸いにというか、不幸というのかわかりませんが、家庭にはいろいろな問題が起きます。問題が起きたとき、親が本気で信仰によって物事を考え、解決しようとしていくとき、本気の姿勢が子供たちに伝わっていきます。そこに信仰の継承の道が残されている、そう考えてよいのではないでしょうか。いや問題が起きて、親の信仰が確かなものとされ、強められるということも私たちは経験することです。


 祭りの期間が終わって両親は帰途につきます。ナザレの村から一緒に行った人たちと一緒です。人数が多いので、子供がいなくても気づかなかったのです。両親はイエス様がいるものと思っていました。親子の間のコミュニケーション不足による行き違いです。
エス様はエルサレムに残ったのです。46節には、

「イエス様が神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり、質問したりしておられた」

とあります。何の話をしていたのかは書かれておりませんが、これは、神の掟、律法についての話し合いです。神の掟をどう解釈するのか、どのように生活に適用するのか、といった話し合いです。


 律法学者というのは、神の掟を日々の生活に適用できるように解釈することに心を砕くのです。たとえばモーセ十戒には、安息日には仕事をしてはならないと定められています。そこで、あることをすることは「仕事をすることになるのかならないのか」といったことを考えるのです。決めていくのです。律法が意味することを生活に即して、ああすべき、こうすべきと決めていくのです。それはこの境内での議論のように、多くの人たちが話し合うことを通してなされるのです。


 そしてイエス様がそういう討論の場に加わり、学者の話を聞き、自ら質問をし、また質問されたときには答えていたと思われます。そして人々はイエス様の賢さに驚いていたとあります。12才の少年が、学者と同じように討論に参加しているのです。


 イエス様がメシアとして、救い主として活動を始めた時、 律法の解釈をめぐって 律法学者たちとの間で対立が生じました。律法学者たちから見るとイエス様の解釈と行動は、受け入れがたいものでした。つまり自分たちの律法の解釈とは違った行動をイエス様がするからです。この対立はイエス様の死を招くこととなります。律法学者たちから見ると、イエス様は律法を破り、神を冒瀆しているように見えたからです。


 律法はもともと神の掟です。神がなぜ、あることを命じられるのか、なぜ、あることを禁じられるのか。そこには神の御心があります。一週間は七日ですが、七日目は仕事をしてはならないと神は定めました。なぜ神はこのように定めたのか、それが大事です。そのことを忘れ、してはいけない仕事の範囲は何かを考え、それを守るというのは、いつの間にか、神の御心から離れていくことになります。イエス様は12歳の時から、すでに学者と境内で議論をしていました。イエス様は、純粋に神の御心を追求し、それを行おうとしたのです。律法学者たちは、表面的に律法を守ろうとする中で、神の御心を忘れ、しかし自分は律法を守っているという高慢に陥っていったのです。


 私たちもまた神の掟、教えを聖書から学びます。私たちが陥りやすい間違いは、神の教えを義務感から守ろうとすることです。神の教えですから、守るのが自然というか、当然です。そこで守るべきだから、と義務感から守ろうとします。そうすると、これは無理だ、守れないという反応が生じます。信仰に生きることが辛くなったりします。


 義務感で神の戒めを守ることは神の御心ではありません。神はなぜ、そういう教えを与えたのか、と神の御心を理解することが大切です。神の戒めを表面的に受け取るのではなく、それを定めた神の真意を知るとき、戒めを守ることが喜びになっていくのではないでしょうか。その点で、私たちが共に集い、一緒に聖書を読み、神の御心を探っていくことは大切なことだと思いますが、いかがでしょうか。


 イエス様の両親は、帰途につきましたが、わが子がいないことに気づきます。そこでエルサレムに戻り、イエス様を捜します。三日目に神殿でイエス様を見つけたと書かれています。48節で両親はイエス様を見て驚いたとあります。何に驚いたのでしょうか。母マリアはイエス様に「なぜこんなことをしてくれたのですか。お父さんも私も心配して探していたのです」と言います。一緒に来なかったことをとがめているのです。


 するとイエス様は、

「私が自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか」

と答えます。「父の家」とは神殿のことです。イエス様がなぜ神殿のことを「自分の父の家」というのか、両親にはわからなかったとあります。当然ですよね。イエス様には、神は、自分の父だという思いがあったのです。しかも個人的に親しい関係として神を父と考えているのです。昔ある牧師が言ったことを思い出します。「『天のお父様』と親しげに祈るけど、神さまは畏れ敬うべきかただ」。つまり気安く父と呼んでよいのか、と疑問を投げかけたのです。イエス様が神さまのことを親しげに「父」と呼ぶことに、人は驚くのです。なぜ、そのように神を父と呼ぶのでしょうか。呼べるのでしょうか。


 旧約聖書にも、神を父と呼んでいる箇所があります。でもそれは、個人的な親しい関係としてではなく、世界の創造者、万物の源としての神を父と呼んでいるのです。親しい関係にある方として「父」と呼ぶのは、イエス様が初めてであり、イエス様の両親も戸惑ったのです。


 イエス様は神さまのことを「あなたがたの天の父」と言われ、祈るときは、「天の父」と呼びかけるように教えられました。皆さんも祈る時、神さまのことを「父」と呼んでいると思います。神を父と呼ぶことが習慣になってしまったかもしれません。そこで今一度、神を父と呼べることがどんなことなのか、考えることは大切だと思います。


 イエス様はなぜ、神と父と呼ぶように教えたのでしょうか。それは喜ばしいことなのではないでしょうか。個人的に親しい関係として、私たちは神を父と仰ぎ、父と祈り、父が子を守り顧みるように、神が私たちのことを顧みてくださることを信じ、期待することができるのです。これは素晴らしいことではないでしょうか。自分の父親から、父なる神を想像してはなりません。人間の父には欠点があります。欠点のある神を想像してはいけないのです。父とはそもそもいかなる存在なのか、父なる神こそ、父の本来の姿であり、地上の父親は、父なる神を映し出すような存在であれ、というのが聖書の教えです。


 神様が私たちの父である、これは本当に喜ばしいことなのです。イエス様は、神が父として、私たちに親しく、私たちのそばにいてくださる方であることを教えてくださっているのです。