『そして父になる』という映画で忘れがたいシーンがあります。主人公(福山雅治)が転勤するであろう研究所の場面です。主人公が研究所の外を見ると捕虫網を持った人が林の中を歩いています。これに興味を持った主人公は、林に行きます。するとその人は、
「僕も実は以前は建築の仕事をしていました」
続けて、
「この林は自然林ではありません。造ったものなんです。蝉が飛んできて、卵を産み、羽化するようになるまで15年かかりました」
と語るのです。すると主人公は、
15年もかかったんですか。
長いですか?
との言葉が返ってきます。長いと感じるのか、当たり前を思うのか。興味深いところです。

↑朝散歩に行くとき、枝で寝ている蝶。ヤマトシジミ
テレビドラマの『八重の桜』で新島襄が勝海舟のもとに同志社大学設置に力を尽くしてくれるように頼みに行く場面があります。新島襄が言います。
「官立の大学は国家の役に立つ人間を育成します。社会に役に立つ人材を私学が育てます」。
すると勝海舟は
「それができるには、どれほどの年月がかかるのか?」
「100年、300年くらいかかるかも知れません」。
「わかった。協力しよう。もし、10年とか、そんな返事だったら断ろうと思った」
これも興味深い会話で。似た内容のことが続けて耳に入り、神さまからのメッセージと受けとめました。
育てるということは、時間がかかること、焦ってはいけないことを知る。
さらに、自分が生きている間で成し遂げられるとは限らないことも知らされる。
僕には教会形成について、伝道、牧会について夢がある。ビジョンがある。
その実現には時間がかかる。
僕が牧会できる短い期間で成し遂げられることではない。
このビジョンをたたき台にして、教会が目指すべきビジョンを掲げ、これを追求できたら、と願う。
少なくともビジョンを掲げてそれを追求するという生き方がつくられたらと願う。
夜、地域の青年たちのデボーションの会があり、私は適用として、この思いを近いうちに発行されるであろう教会報に書くことにしました。