holalaのブログ

隠退(引退)牧師holalaのブログです。

神の国に迎えられるイメージ


浅野川沿いの散歩道コース。まもなく奈良に転居するので、この光景ともさよならです。


 神の国に迎えられる、それが信仰者の希望です。神の国に迎えられることについてどうイメージを描くか。僕の課題です。理屈で希望を信じるのではなく、聖書からイメージを与えられたいと日頃から願っています。
 今、キリスト教入門の学びをしていて、デボーションの分かち合いもしています。入門の学びをしているのは求道者の方です。この方の場合、デボーションの学びを終えてから、キリスト教入門の学びをしています。この求道者は、信仰生活に入る前に聖書を読む生活をしておられます。これは信仰に入るよいモデルケースかもしれません。この方が洗礼を受ける日の到来を願っています。先日入門の学びの後のデボーションの分かち合いのためにデボーションをしていた時、一つのイメージが与えられました。

世に打ち勝つ信仰、それはわたしたちの信仰です。だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。(ヨハネ一5:4〜5)


 世は信仰に敵対する力・勢力を意味します。ある場合には信仰者を迫害する権力を意味します。ある場合には、疑い・恐れ・迷いなどをもたらす悪の力(サタン、悪魔の力)を意味します。死は人間に恐れや絶望をもたらします。信仰はこれに打ち勝つと約束され、イエスを神の子と信じる人は世に勝つと約束されています。そこで思いめぐらします。そうだ、イエス様は天の父のもとに帰られた。ヨハネ福音書では、イエス様は繰り返し天の父のもとに帰ると語っておられた。地上における使命を果たし終えて天の父のもとに帰られるイエス様。僕はこの方を信じている。そう、僕も地上での使命を果たして天の父のもとに帰るのだ。イエス様に従うことを志す者として、使命を果たして天の父のもとに帰るというイメージは、なかなかいいものです。

地上での使命を果たして天の父のもとに帰る。


 これが僕にとっての死のイメージ。年をとるとこんなことを考えるようになります。

早春に咲くミチタネツケバナ