holalaのブログ

隠退(引退)牧師holalaのブログです。

 列王記下 3章

(内容)
 ヨラムがイスラエルの王になったとき、モアブの王がイスラエルの支配から独立しようと反旗を翻しました。ヨラムはユダの王ヨシャファトに協力を求めます。するとヨシャファトはヨラムに、主の御旨を尋ね求めることを提案します。そして預言者エリシャから、神さまの御旨を聞き、モアブと戦います。


(聖書黙想)

  • ヨラムは、彼の父や母(外国の神を礼拝する)ほどではありませんでしたが、主の目に悪とされることを行いました。つまりネバトの子ヤロブラムの罪を犯しました。ヤロブアムの罪、それを主を信じながらも偶像を作り礼拝したことです。「偶像を造ってはいけない」との神の戒めに反することを続けたのです。神さまの戒めを破りながら神を信じていると主張することには無理があります。ヨラムは主なる神を信じていないのです。
  • 預言者エリヤはヨラムの父のアハブ王と関わりがありましたから、ヨラムは少しはエリヤのことを聞いていたかもしれません。でも積極的に主なる神を求めることはしませんでした。主なる神のことを伝えてくれる人がいなければ、人は主を信じることはできません。聞いたことのないものを人は信じることはできません。語ってくれる人がいなければ、聞くことはできません。遣わされなければ、語ることはできません。
  • 私たちが伝道を考えるとき、自分が神さまに遣わされていると考えることが大切です。遣わされた者と受けとめることが伝道の第一歩となります。
  • エリシャはヨラムに「わたしはあなたとどんな関係がありますか」と言い、ヨラムのために語ることを拒みました。しかしヨシャファトのゆえに、神の御旨を告げました。いわば、ヨシャファトのとりなしの結果、神の御旨を知ることができたということができます。
  • モアブとの戦いで、イスラエルは勝利しました。モアブの王は、自分の子をいけにえとして献げました。それはモアブの兵士の士気を高めました。そこでイスラエルは戦いをやめます。戦いの勝利のために自分の子をいけにえとして献げるとは、おぞましい(嫌悪を感じさせられる、ぞっとする)ことです。他方で、神さまが独り子を十字架に犠牲としてお献げになったと聖書は告げています。
  • ヨラムは、モアブが反旗を翻したとき、当然のごとく、それを弾圧しようとした。自分が支配者なのだから、反乱を鎮圧するのは当然だと考えました。でもそれは本当に当然なのかと思います。ヨラムには、それ以外の選択はないように見えます。彼は主を知りませんから、自分が何をすべきか、尋ねる神がいません。神を持たない者は、自分の思いに従って行動します。私たちはユダの王ヨシャファト王のように主の御旨を尋ね求めることができます。それは幸いなことです。
  • 国連は「核兵器禁止条約」を採択しました。日本はこの会議に欠席しました。私は、核兵器禁止条約は、神のみ心だと信じます。しかし様々な政治的思惑のゆえに、日本は世界で唯一の被爆国でありながら、採択に関わろうとしませんでした。日本はアメリカと同盟を結んでいるので、欠席するのは当然としたのです。本当に当然なのでしょうか。日本の政治指導者は主なる神を信じていないので、仕方のない結果です。


(聖書が語ること)

☆神はいかなる方か

  • 神は導きを求める者に答えてくださる方です。

☆神が求める私たちの生き方

  • モアブとの戦いを目前にして神の導きを求めるヨシャファト王は、模範です。私たちも何事においても、神の導きを求めることは大切です。


(実戦に向けて)

  • 今、自分は神の導きを必要としているだろうかと考え、必要ではない、と答えるとする。それはどういうことなのだろうか。神の導きがなくても、今の私は生きていけるということなのか。それとも、神が私たちに期待していることがあるのに、神さまが私たちを導こうとしているのに、私たちはそれに気づこうとしていないということなのか。あるいは平凡な私など神さまは顧みてくれないし、それ故、導きを求める必要もないと考えているのだろうか。小さな者をも神さまは救いに導いてくださった。それ故、神さまは、どんなに小さな者をも導いてくださる方である。
  • 神様が私に期待していることがあるだろうか。
  • 今まで、新しく開設しようとしているサイトが御心に適うかどうか考えてきたが、逆に神さまが私を導き、解説させようとしていると考えたらどうかと思わされた。サイト開設の志を神さまが与えてくださったと信じてきたが、恐れ、迷い、疑いなどが心に生じたりもした。今日からは、これは神さまの願いであり、自分は神さまのみ心に応答しているのだと考えよう。うれしくなる。励まされる。
  • 福音を伝えたいと思う姉妹がいる。遠くに住んでいるので、手紙や本を贈ったりしてきた。病身で段々物事の理解が衰えて行くみたいで、どう祈ったらいいのか、迷っていた。姉妹の魂に平安があるように、そしてすべてを神さまにゆだねるとの祈りをしていくことにする。


(実践)
・サイトの開設に向けて、新しいページを一つつくる。
・姉妹のために祈る。