holalaのブログ

隠退(引退)牧師holalaのブログです。

私が直面する宣教の壁(2)

 それは聖霊信仰です。私が属する日本キリスト教団の多くの教会で使徒信条が告白されていると思います。その中に「われは聖霊を信ず」とあります。「わたしは聖霊を信じます」と告白する人は、一体何を信じているのかと思うのです。使徒信条を告白するから、「われは聖霊を信ず」と告白しているのであり、何を信じているのかと問われると戸惑いを感じると言われる方が多いのではないかと推測をします。中には、私たちは三位一体の神を信じており、聖霊が神であることを私は信じている、と言われる方もおられると思います。

 聖霊を信じる信仰が私たちの信仰生活の力となり、また伝道の力となっているのか、と私は言いたいのです。言うまでもありませんが聖霊は力、パワーではありません。人格を持つ神です。聖霊が私のうちに住んでくださり、私を生かしてくださるという信仰に生きているのかどうか。

私が大切にしているハイデルベルク信仰問答が聖霊について語っていることを紹介します。

問53
「聖霊」について、あなたは何を信じていますか。


第一に、この方が御父や御子と同様に永遠の神であられる、ということ。
第二に、この方はわたしに与えられたお方であり、まことの信仰によってキリストとそのすべての恵みにわたしをあずからせ、わたしを慰め、永遠にわたしと共にいてくださる、ということです。

  第二の「わたしに与えられたお方であり」は、聖霊が私のうちにおられることを意味しています。信仰問答は聖書の箇所を指示していますので、それを紹介します。

コリント一6章19節。
知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。

コリント二1章22節
神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に“霊”を与えてくださいました。

ガラテヤ4章6節
あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。

 聖霊が自分の内に住んでおられることを信じること、これが教会の中で当たり前のこととなるのはいつになるのでしょうか。聖霊が自分の内に住んでおられることは実感できませんから、実感できないことをどう信じるのか。天の父なる神の存在も、実感できるものではありませんが、人は信じます。

 聖霊が自分の内に住んでおられることを信じること、それはただ信じるだけではなく、キリストとそのすべての恵みを受け取るように信じること、それはどうしたら可能となるのでしょうか。その道筋は何なのでしょうか。教会の中で聖霊信仰が具体化していない、ここに大きな壁を私は感じています。