クリスチャンは、クリスチャンのアイデンティティーを信じるところから再生の道を歩みます。最初に考えたいアイデンティティーは「罪から解放されている」です。洗礼を受けたとき、そこには神の出来事があり、信仰者は罪から解放されたのです。これは霊的な現実であり、私たちの五感で感じとることのできる現実ではありません。しかし神によって現実となった霊的現実です。私たちが罪から解放されていると告げる聖句を紹介します。
ロマ 6:7 死んだ者は、罪から解放されています。
これは洗礼を受けた者は、キリストと共に死んだ者であると語られる文脈の中の言葉です。そして洗礼を受けた者は、キリストの復活のすがたにあやかります。それは罪の奴隷にならないためであると語られています。
ロマ 6:18 罪から解放され、義に仕えるようになりました。
洗礼を受けた者は罪から解放され、義に仕える者となります。神さまが私たちを罪から解放するには目的があります。パウロは義に仕えるためと書いています。
ロマ 6:22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。
罪から解放され、聖なる生活の実を結んで永遠の命に至る、それが信仰者の歩みだと教えられます。
罪からの解放を私たちの生活の中で現実化するために必要な第一のことは、私たちが聖書が神の言葉であることを信じ、神の言葉を私たちの拠り所とし、神の言葉に立って生きることです。聖書が、私たちは罪から解放されていると告げることを受け入れ喜ぶことが解放への第一歩となります。
すぐには喜べないかもしれません。すぐには信じられないかもしれません。福音は「喜びの知らせ」という意味の言葉です。罪の赦しは喜びの知らせです。罪からの解放はさらに大きな喜びの知らせです。喜んでください。