クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

神をたたえる言葉を見つける(6)

 私は健康のために散歩をしています。散歩しながら道端に咲いている野の花の写真を撮ります。多くの人からは雑草と呼ばれ見向きもされない花ですが、咲いているなと思ったら写真を撮り、ブログの文章に添えています。

 最初は名前が分からなかったので、植物図鑑やインターネットを利用して調べました。最近はだいぶ覚えてきましたが、どの花も咲く時期があります。咲き終わると私の記憶もあいまいになり、翌年花の写真を撮ると、また名前を調べることが繰り返されます。

 先日見たこともない小さな黄色い花があったので写真を撮りました。家に帰ってパソコンで見たらぼけていたので翌日、散歩に出かけて写真を撮りました。ありがたいことにネットで名前を調べることができて感謝しました。

 こんなことをしている自分を見て、はっと思いました。そういえば、神さまはアダムの前に色々な生き物を連れてきて名前をつけさせたな、と。アダムは植物には名前をつけませんでした。そして私は自分が知らない野草に対して名前を調べ、その野草を名前で呼ぶことができます。名前の知らない野草に私は名前をつけているということもできます。こうして私は多くの人からは見向きもされない野草に目を留め、名前を持って呼びます。「あなたはミズホオズキだね。花を見せてくれてありがとう」。私の心に野草を慈しむ心があるのに気づきます。

 そして取るに足りない私に目を留めてくださる神さまがおられることを思います。神さまはどんな思いで私をご覧になるのでしょうか。私は神さまに似せて造られた人間です。その私が慈しむ思いで野草を見るのですから、神さまもきっと慈しむ心で私をご覧になり、私と交わりを持って下さるのではないかと思いました。野草を通して神の慈しみを見る思いがしました。うれしいことです。慈しみの神。

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ミズホオズキ 散歩道

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