クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

聖書から人間を考える(12)霊に従って歩む

ローマ 8:4
それは、肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。

 具体的に霊に従って歩むにはどうしたらよいのでしょうか。第一にキリスト者である自分が何者であるかを知ることが大切だと私は考えます。霊に従って歩むことを考えるのはキリスト者です。つまりイエス・キリストを信じる決断をし、洗礼を受けた人です。キリスト者の内には聖霊が住まわれます。聖霊が住まわれ、新しく生まれ変わりました。神の子とされました。このことをしっかり覚えておくことが大切だと考えます。

 自分が何者かをしっかり覚えることの大切さを教える教訓が聖書にあります。旧約聖書に書かれている出エジプトの出来事です。エジプトで奴隷状態にあったイスラエルの民が登場します。彼らは奴隷として苦しく辛い生活をしていました。そこで神に助けを求めて祈ったのです。すると神はモーセを指導者として選び、二つの約束を与えました。

  • 神はイスラエルの民を奴隷状態から解放する。
  • 神はイスラエルの民を乳と蜜の流れる肥沃な地へ連れて行く。

 イスラエルの民は、神から二つの約束を与えられました。神はイスラエルの民を奴隷状態から解放し、自由に生きることができる地へ連れて行くとの約束です。イスラエルの民は、何者か。彼らは神から約束を与えられた民です。約束を信じ、約束の実現に向かって歩むことが期待された民です。約束を与えられた民、それがイスラエルの民のアイデンティティーです。

 神は、まずイスラエルの民をエジプトでの奴隷状態から解放しました。そしてイスラエルの民は神に導かれ、乳と蜜の流れる地を目指して荒野を旅しました。荒野の旅においてイスラエルの民は試練に遭います。たとえば食べ物が尽きたり、飲み水が得られなくなります。するとイスラエルの民は、神に不平、文句を言いました。神はその都度、イスラエルの民を助けました。天からマナを降らせ、岩から水を出すなど、不思議な御業を行ったのです。そしてついに約束の地を目の前にするところに到着しました。

 これから行く先を偵察した人々が、そこは実り豊かな良い土地です、しかしそこには強そうな人たちがいると報告しました。するとイスラエルの人たちは、不平を言います。先に進んだら、殺されてしまうと恐れを感じたのです。そしてエジプトに戻ろうとさえ言うのです。

 神に信頼しない民に神は怒り、イスラエルの民に40年の荒野の生活をさせました。毎日天からマナを降らせ、神に信頼することを学ばせたのです。不平を言った人たちは、荒野で皆死んでしまいました。その子供たちの世代が約束の地に入りました。

 自分たちは何者なのか。神から約束を与えられた者である、この事実をイスラエルの人々は軽んじました。この事実に立ちませんでした。そのため約束の地に入ることができませんでした。

 キリスト者の歩みにも色々なことが起きます。試練が訪れます。その時、自分が何者かを確認し、神に信頼することが大切です。

 キリスト者の内には聖霊が住んでおられること、新しく生まれ変わったこと、神の子とされたこと、これらは皆、恵みです。これらの恵みに立ち続けることが大切です。キリスト者とは、これらの恵みを受けている者なのです。

 さらにキリスト者の歩みは神の律法を満たす歩みになります。神と人を愛する歩みが目標として与えられます。

桂の木の葉。葉の形が何とも言えない 奈良県立情報館。