コリント二 12:9
すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
私は学校の成績ではいつも上の方にいました。大学もわりと有名な大学に入学し学びました。するといつの間にか、自分はやればできる、という思い込みが心に住みつきます。そして何か問題に直面するとうまくやらなければならない、失敗しないように頑張らなくてはならないと考えるようになりました。無意識のうちに失敗を恐れるようになりました。
牧師になって、問題を抱えた人と向き合う時、その問題が自分の手に負えるのか、手に余るのか、それが気になります。自分の力ではむずかしいなと思う問題に直面した時はストレスを抱えます。失敗したくない、それは結局プライドにこだわっているからです。
ある問題に直面し、ストレスを抱えた末に、自分がなすべきと思う行動に踏み切りました。自分の手に余る問題であり、結局 失敗しました。でも問題を抱えた人からは感謝されました。少し驚きましたがほっとしました。その時祈ったのかどうか、むかしのことなので記憶は曖昧ですが、神に助けを求めて祈ったと思います。
そして思いました。自分の無力さを認め、失敗はしてもいいと考えることにしました。なすべきことはする、でもそれは成功しなければならないと考えず、結果は神さまにゆだね、なすべきことをすれば良いと学びました。自分の弱さのゆえに自分を否定するのではなく、弱さもまた自分であることを認めた時、自由になりました。
「自分の弱さを誇りましょう」とは言えませんが、弱いから、神に全面的に頼ってゆだねて生きることを学んだことは、本当に幸いなことでした。
