クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

老キリスト者の思い

 昨日メールで訃報を受け取りました。訃報を受け取るつど、自分にもその時があることを思わされます。訃報を受けて思うのは聖書に登場するアブラハムの信仰です。アブラハムの信仰は、私の支えとなります。彼は75歳の時に神の語りかけを聞きます。

創世記 12:1~2
主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。

 神は彼を大いなる国民にすると約束します。彼はこの約束を受けとめます。そして神が示す地に向かって旅をし、新たな人生が始まります。彼は神の約束に自分の人生をあずけたのです。

 しかし「大いなる国民にする」という約束の実現を彼は見ることができません。彼が見ることができたのは、孫までです。アブラハムが100歳の時にイサクが誕生し、140歳の時にイサクが結婚し、160歳の時にイサクの子、ヤコブとエサウが誕生し、175歳で亡くなりました。

 アブラハムに対する神の約束、「大いなる国民にする」との約束の実現をアブラハムは見ることができません。それが実現するのは数百年後です。それなのにその約束を信じて、彼は新たな人生、信仰の人生に踏み出したのです。自分が生きている間には実現しない神の約束を彼は信じたのです。彼の人生には試練もあり、彼は信仰の父と呼ばれるようになりました。

 私は彼が信仰の父と呼ばれることを重く受けとめます。自分の生涯には実現しない神の約束を信じたアブラハム、彼は信仰の父と呼ばれます。彼が信じた神を私も信じます。私は彼の信仰に倣いたいと思っています。

 私も自分の生涯には実現しない約束を信じることにします。聖書はキリストが再臨する時に起きる事柄を語ります。私はそれを信じます。キリストが再臨する時に起きる事柄を私は見ることはできません。しかしアブラハムの信仰に倣い、私は自分の死んだ後に起こる事柄を信じることにしています。

 最近よく歌う賛美歌に『いつかは知らねど』という曲があります。讃美歌には収録されていません。聖歌にある曲で、『新聖歌』の465番です。最近よく聞きます。キリストの再臨を信じる助けになります。

いつかは知らねど 主イエスの再び
この世に来たもう 日ぞ待たるる
その時、聖徒は  死よりよみがえり
われらも栄えの  姿とならん

萬葉植物園 2023.2.11