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隠退牧師 holala によるブログ

ありえないことを信じるキリスト者(3)神の語りかけを聞く

 神の語りかけを聞くことができる。そんなことはありえない、ありえないとよのひとびとはいうにちがいありません。

 アブラハムという人物が創世記12章に登場します。彼はその時、アブラムという名前でした。

創世記12章1節
主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。

 聖書を読む私たちは、主なる神がアブラムに語りかけたことを不思議には思いません。聖書を読めば、神はいろいろな人に語りかけていますから。しかし語りかけられたアブラムはどう思ったのでしょうか。

 彼は突然自分に語りかける声を聞きました。その声がどのように聞こえたのか、私たちには分かりません。耳に直接聞こえる声だったのか、心で聞いた声なのか、それは分かりません。アブラムは、誰の声だと考えたのでしょうか。

 アブラムは、それが誰の声か、分からなかったと思います。しかし聞いた言葉ははっきりしています。

創世記 12:2~3
わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。

 「わたしはあなたを大いなる国民にする」。威厳に満ちた言葉です。普通の人間が話す言葉には思えません。これを聞いてアブラムはどう思ったのかと想像します。「わたしはあなたを」。声の主は、自分より上の立場の存在と思ったのではないでしょうか。神的な存在だと受けとめたと思います。それゆえ、聞いた言葉を真剣に受けとめたと思われます。神が語りかけたのです。それ故、彼は「わたしが示す地に行きなさい」との言葉に従ったと想像します。しかし神が語りかけたと受けとめ、人生を新しく始めるというのは驚きです。人生を変えさせる力がその声にあったのでしょうか。

 次はモーセです。イスラエルの民はエジプト王の奴隷で苦しい生活をしていました。イスラエルの民は神に助けを求めて叫びました。自分たちの先祖のアブラハムが信じた神に助けを求めました。ある日モーセは羊の群れを率いて神の山ホレブに来ました。その時彼は「モーセよ、モーセよ」と呼びかける声を聞きました。彼が「はい」と答えると、続いて声が聞こえます。

出エジプト記 3:6
「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。

 モーセは神の語りかけを聞きました。その声に応答し、新しい人生が始まりました。そこからイスラエルの民がエジプト王の奴隷状態から解放され、やがて神の民イスラエルの誕生という出来事が続きました。

 聖書が伝える神は、人間に語りかける神です。世の人々は言うに違いありません。「神が語りかける、そんなことありえない、信じられない」。では私たちも神の語りかけを聞くことができると言われたらどうでしょうか。神が語りかけるのは特別な人に限られるのでしょうか。それとも私たち平凡な信仰者にも語りかけるのでしょうか。

ツバキ ようやく咲きました。散歩道