ローマ 9:1~3
わたしはキリストに結ばれた者として真実を語り、偽りは言わない。わたしの良心も聖霊によって証ししていることですが、わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。
パウロが抱く深い悲しみ、彼の心にある絶え間ない痛み、それは同胞イスラエル民族の救いです。イスラエルの民は神の民として選ばれた民です。しかし神が世に遣わした救い主イエスを拒みました。信じようとしませんでした。そして今日もイスラエルの民、ユダヤ人はキリストを信じようとしません。このままでは、終末が来たら、彼らは滅びます。ここに彼の悲しみ、心の痛みがあります。
パレスチナにおいて、今イスラエルはガザに対してひどい攻撃を加えています。一般のパレスチナ人が何人犠牲になろうと気にせず、ハマスを掃討するという名目で攻撃を続けています。これはジェノサイド、イスラエルはパレスチナの人を「皆殺し」にしようとしているとの見方もあります。
昨日と今日、朝日新聞に今のイスラエルの状況について書いているコラムがありました。イスラエルには、「否認と抑圧」があるというのです。イスラエルの人々の中に、イスラエルの攻撃によりひどい状況にあるパレスチナの現実を認めようとしない、見ようとしない現実があるというのです。パレスチナの人々の存在を否定しようとしているというのです。さらにパレスチナのことについては話題にしない、するな、という抑圧の力が働いているというのです。
パウロはさらに書いています。
ローマ 11:25~26
兄弟たち、自分を賢い者とうぬぼれないように、次のような秘められた計画をぜひ知ってもらいたい。すなわち、一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人全体が救いに達するまでであり、こうして全イスラエルが救われるということです。
イスラエルがイエスを拒んだことにより、救いが異邦人に及びました。キリストによる救いが異邦人全体に及んだなら、次にイスラエルがキリストを信じ、救いに入れられるというのです。それが神の計画だというのです。私は異邦人とユダヤ人がキリストにあって一つの信仰に立つことを祈っています。今の現実は一つになるどころか、イスラエルはパレスチナの人たちの存在を抹殺しているように見えて悲しいです。
エフェソ 2:14
実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、
キリストは敵意という隔ての壁を壊し、敵対している人たちの間に平和をもたらす方であると書かれています。キリストにあってイスラエルとパレスチナの人々が敵意という隔ての壁を克服して共存できるようになることを祈ります。でも祈ることに空しさを覚える現実があります。しかしパウロのように悲しみと痛みを覚えつつ、なお祈り続けたいと思います。
