クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

毒麦のたとえを読んで

 イエスは、「天の国は次のようにたとえられる」と語り、毒麦のたとえを語りました。マタイ福音書で、毒麦のたとえを読みました。

 ある人が畑に良い種を蒔きました。人々が眠っている間に敵が来て、毒麦を蒔きました。やがて毒麦が生えていることが分かります。しもべが「だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう」と話すと主人は。「敵の仕業だ」答えます。しもべたちが「では、行って抜き集めておきましょうか」と言うと、主人は答えます。「毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。 刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、『まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい』と、刈り取る者に言いつけよう」。

 弟子たちが毒麦のたとえの意味をイエスに尋ねるとイエスは、「良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。世の終わりに、人の子は天使たちを遣わし、不法を行う者たちを集めさせ、燃えさかる炉の中に入れよう。正しい人々はその父の国で太陽のように輝く」。

 このたとえを念頭に置いて、この世界の現実を見る時、この世界には、戦争があり、争いがあり、殺人、詐欺などさまざまな悪が行われていることが分かります。他方で、善を行う人、真面目に生きる人、人の役に立つ働きをする人が沢山います。

 人間の眼には誰が御国の子らで、誰が悪い者の子らであるか断定はできませんが、あんなことをするなんて悪い者の子らではないか、と思うことはあります。

 イエスは、世の終わりに、悪い者の子らは、神の裁きに遭うことを語りました。このたとえが天の国のたとえだというのです。どういうことかと思います。神の御支配について語っていると理解しました。

 天の国は神の国であり、神の国は神の御支配と理解します。この世界が続く限り、悪い者の子らの働きを神は、全て取り除くことはしないことになります。悪い者の子らの働きは、現実に行われ続くのです。私は悪い者の子らの働きを終わらせてくれるよう神に祈りますが、神さまは悪い者の子らの働きを即座に終わらせることはしません。でも彼らの働きを放置しないと思います。もし放置したら、神さまはこの世界を支配していることになりません。でも神さまが支配しているからといって悪い者の子らの働きはすぐに終わらせるとは限りません。

 神の御支配を信じつつ、悪い者の子らの働きが終わるように祈り、そのために必要な行動をすることがキリスト者の責任、務めであるように思います。祈るなら、忍耐強く祈ることが大切と教えられます。

 私は下記の聖句を参考にして某国の指導者が失脚し、それがきっかけで平和が到来することを祈ってきましたが、平和の到来だけを祈ることにしました。

ルカ 1:51~53
主はその腕で力を振るい、/思い上がる者を打ち散らし、
権力ある者をその座から引き降ろし、/身分の低い者を高く上げ、
飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。

ハルジオン(花)とベニシジミ(蝶)