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隠退牧師 holala によるブログ

エフェソ書 栄光に輝く神の国

エフェソ書に使徒パウロのこんな祈りがあります。

1:17~19
17:どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、
18:心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。
19:また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。

 パウロは、「悟る」ことができるようにと祈っています。今日私は、18節の言葉に目が向きました。「神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように」。

 キリスト者はどんな希望が与えられているのか悟らせてくださるように、キリスト者の受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているかを悟らせてくださるようにパウロは祈ります。キリスト者の希望とは何か、キリスト者が受け継ぐものは何か、疑問が生じます。

 15節で「こう言うわけで」と語り、パウロは祈り始めます。ですからキリスト者の希望も、キリスト者が受け継ぐものも、14節以前に書かれていることになります。そこで3~14節を読んで、キリスト者の希望は何か、キリスト者が受け継ぐものが何かを探ります。

 9節で神は「秘められた計画を私たちに知らせてくださいました」とパウロは書きます。秘められた計画とは、「時が満ちるに及んで救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます」(10節)とあります。この秘められた計画の実現、これが18節のキリスト者の希望のようです。そして私たちは「約束されたものの相続者とされました」(11節)。14節で私たちが受け継ぐのが、御国であると書かれています。御国とはキリストのもとにあらゆるものが一つにまとめられたもの、それが神の国と言えるようです。

 そうするとキリスト者に与えられている希望は、あらゆるものがキリストにおいて一つにまとめられるという秘められた計画の実現となります。そして聖なる者たちの受け継ぐものとは、神の国であることが分かります。パウロは、この神の国がどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるようにと祈っていることになります。現代の世界では、世界は分断され争い、対立がみなぎっています。しかし終わりの日、キリストのもとにあらゆるものが一つにまとめられ、平和が生まれます。それが神の国。この神の国がどれほど豊かな栄光に輝いているのか、悟らせてくださいとパウロは祈ります。

 老いの中にある者として、死後自分がどうなるのかは気になります。日頃聖書から教えられていることは、キリスト者は復活し、最後の裁きを経て神の国に迎えられるということです。キリスト教の葬儀では、故人は神のもとに召されました、神の国に迎えられましたと語られます。そこで神の国に迎えられることがどれほど素晴らしいのか、教えて欲しいとの気持ちになります。

 今日読んだ聖書は、あらゆるものがキリストのもとに一つにまとめられる、それが神の国であり、栄光に輝く神の国であると教えられました。この神の国が栄光に輝いていることを悟らせてくださいとパウロは祈りました。分断と争いの世界に生きる者として、一つにまとめられていることの素晴らしさ、栄光の輝きを想像することがむずかしいです。

 天の父なる神、悟らせてください。

 

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