クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

届いた恵み

 前回のブログで、恵みの高き嶺に上りたいと書きました。昨日、注文していた本が届きました。『しかし、勇気を出しなさい』(近藤勝彦著、教文館)。これは説教集です。古本で購入。一番最初の説教は「誘惑の正体」でした。聖書テキストは、マタイ福音書の4章のイエスの荒野の誘惑です。

 その中で誘惑の正体は、「神のことを思わない方に誘うことです」と書かれていました。これを読んで、そうだよな、と思いました。

 私は、若い時死を恐れ、キリストを信じ永遠の命を与えられると信じ、安心を得ました。私は神に信頼する歩みを続けようと心に決め、その努力をしてきました。なぜか。信仰者は死ぬ時、神の国に迎えられることについて、神に信頼するしかないのです。だから、神に信頼する歩みを続ければ、生涯の終わりを神への信頼の中で迎えることができると考えたのです。

 しかし、私の判断は甘かったのです。老いて死の迫りを感じる中で、不安、疑いが湧いてきました。信仰の世界が虚構の世界に思えたりしました。神の恵みにすがるしかありません。そこで届いた本が、誘惑の正体は、神のことを思わないほうに誘うことと書いてあるのを読んで、やはりそうか、と思いました。

 そこで心は定まりました。誘惑を退けることです。イエスは悪魔のもたらす誘惑を聖書の言葉をもって退けました。

エフェソ 6:10~11
最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。
悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。

 ああ、自分は、悪魔の策略に捕らわれていたのだと知りました。真理の帯、信仰の盾、霊の剣(御言葉)が神の武具であると教えられます。

エフェソ 6:16
なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。

 悪い者の放つ矢、それが疑いです。疑いの火の矢を悪魔、あるいはその手下は、放つのです。そこで信仰の盾をとるように聖書は教えます。神の言葉を信じます。

エフェソ 6:17
また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。

 自分は恵みによって救われたことを覚え、霊の剣、神の言葉をとるように教えられます。今回の霊の剣は以下の聖句です。

ヨハネ 3:16
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

 購入した説教集の最初の説教を読むことができたのは、まさに神さまの恵みでした。感謝。恵みを持って導いてくださる神さまをたたえます。恵みの高き嶺に向かって一段上りました。

エフェソ 6:10~11
最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。

 神さま、あなたの偉大な力によって、私を強くしてください。

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