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隠退牧師 holala によるブログ

信仰の父 アブラハム

 昨日は日曜日。私が出席している奈良高畑教会では創世記12章1~8節に基づいて説教が行われました。アブラハムが登場します。

 私にとってアブラハムは信仰の父であり、私は信仰に生きることをアブラハムから教えられたと思っています。私が彼から教えられたことを紹介します。

 神はアブラハムに語られました。

創世記 12:1~3
主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。
あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る」。

 私がアブラハムから教えられた第一の点は、彼は神の約束に生きたということです。神に語りかけられた時、彼は75才。この時から彼は神の約束を彼の人生の中心としました。神の約束が彼の人生を導くのです。神の約束に生きる、これが信仰であると学びました。イエス・キリストによる救いの恵みも約束という形で示されています。イエス・キリストを信じる者は永遠の命を与えられる。イエス・キリストを信じる者は義とされる。イエス・キリストを信じる者は新しく生まれる、などなど。

 神は神の約束を信じる者を義とされます。神の前に正しい人は、神の言葉、神の約束の言葉を信じ抜く人であることをアブラハムから教えられました。神はアブラハムの子孫が大いなる国民になると約束しました。神に語りかけられた時、彼には子どもがいませんでした。何年か過ぎましたが、なかなか子を授かりません。アブラハムは神の約束を疑い始めました。すると神が彼に語りかけて言います。

創世記 15:5
主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい」。そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる」。

 するとアブラハムはこの神の言葉を信じました。神を信じたのです。

創世記  15:6
アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。

 神の言葉を信じたアブラハムを神は義としました。神の前に正しい人、それは神の戒めを一生懸命守る人ではなく、神の言葉、神の約束の言葉を信じる人であると教えられます。神の教えを守ることができず、自分に落胆することがあります。でも神の前に正しいのは、神の約束を信じる人であるとのメッセージは、私にとって大きな励ましになりました。

 さらにアブラハムが信じた神の約束、それは彼が生きている間には実現しない約束でした。彼の子孫が大いなる国民になるのをアブラハムは見ることができません。彼が生きている間には実現しないのです。そんな約束を彼は真剣に信じたのです。キリスト者である私たちは、地上の生涯を終えた後、最後の審判を受け、神の国に迎えられるとの約束を信じます。この約束も、私たちが生きている間には多分実現しません。アブラハムは自分が死んだ後に実現する約束を信じました。私も死んだ後に実現する約束、神の国に迎えられるとの約束を信じます。

 アブラハムは信仰の父、私にとって信仰の模範であり、見倣うべき信仰者という意味で、彼は私にとっても信仰の父です。

暑い夏の日が続きます