先日免許更新の案内の葉書が届きました。まず認知機能検査の予約をするように書かれていたので予約しました。そのあと高齢者講習会を受け、免許証の更新となります。一つだけ心配があります。視力検査です。視力が落ちているので、メガネをつくった方がよいのではないかと考えています。
でも今、左の目は黄斑円孔という病気になる可能性のある状態です。網膜の黄斑部に穴があくと視野に問題が生じます。今、黄斑部周辺の網膜が引っ張られている状態が続いていて、視力が落ちています。医師からは、今はメガネをつくる状態ではないと言われています。網膜の状態が元に戻るか、穴が空いて手術をするか、そうすればメガネをつくることができます
以前、右目が黄斑円孔になり手術をしました。基本的に手術はしたくありません。それで網膜の状態が元に戻るようにと祈ってきました。半年が過ぎました。
最近、宗教改革者のカルヴァンの書いたキリスト教綱要の祈りの部分を読んでいます。何をどう祈るのか、祈りの生活の向上を目指したいと考えたからです。祈りは聞かれるとの確信を持って祈ることが大切だと書かれています。
今、メガネを使って聖書や新聞を読む時、小さい字が判読できません。聖書を読むためには、左目が正常にならなければなりません。聖書を読むという必要のために目を癒やしてくださいと祈ってきました。聖書には、神は必要を満たしてくださるとの約束が書かれています。
フィリピ 4:19
わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。
神は必要を満たしてくださる方であると約束されています。この約束を頼みにいやしを祈ってきました。でも必ず神は目を癒やしてくださると確信を持つことはできません。神は、医者に任せなさいというかもしれません。今は医療技術が整えられていますから、神はあなたの目は医師に任せれば大丈夫ですと言うかも知れません。他方で、免許更新の手続きの中で視力検査が行われるだろうし、その時が迫ってくるし、スッキリしない思いでいました。
カルヴァンの本を読みながら、ああ、自分はどう祈ればよいのか分かっていなかったと思い知らされました。私が祈るべきは「免許証の更新を無事に終えることができるように、聖書の文字をちゃんと読めるようにしてください」だと思いました。これなら神はかなえてくださると確信を持つことができます。目の状況がどう変化するのか分かりません。場合によっては手術をするかもしれません。私が願うべきは、免許の更新と聖書がちゃんと読めるようになることであって、手術をしないで目が治ることではなかったのです。
何を祈るべきか分かっていないことを知らされました。
