クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

新しい聖書の翻訳の恵み

 私が洗礼を受けた時、教会で使われていた聖書は口語訳聖書でした。私は口語訳聖書と共に文語訳聖書も購入しました。牧師になってからは、新共同訳聖書を使うようになりました。私の信仰者としての生涯の友となったのは、新共同訳聖書です。今、聖書協会共同訳という新しい訳の聖書が出版され、諸教会で用いられるようになりました。私が礼拝出席している奈良高畑教会では、この新しい翻訳の聖書を使うようになりました。新しい聖書を読むと思いがけない出会いがあります。

 先日、聖書協会共同訳で詩編を通読しました。そこではっとする文章に出会いました。

詩編143:5
私は過ぎ去った日々を思い起こし、
あなたの行ったことを一つ一つ思い返し、
御手の業を思いめぐらします。

 これまで使っていた新共同訳聖書は以下の通りです。

143:5
わたしはいにしえの日々を思い起こし
あなたのなさったことをひとつひとつ思い返し
御手の業を思いめぐらします。

 さらに口語訳聖書では、以下の通りです。

143:5
わたしはいにしえの日を思い出し、
あなたが行われたすべての事を考え、
あなたのみ手のわざを思います。

 「いにしえの日々」「いにしえの日」は古文の表現に思えます。しかし「過ぎ去った日々」という訳はすんなり心に入ってきました。時代の推移と共に聖書翻訳が行われますが、その必要性を改めて実感しました。

 聖書協会共同訳の翻訳は、スッと私の心に入ってきました。私は長い人生を信仰をもって歩んできたので、過ぎ去った日々を思い起こし、神さまのなさったことを思い返し、御手の業に思いを巡らしたいと思いました。

 それは神さまが共にいてくださったことの証し、神さまが私を導いてくださったことの証しとなるので、老いを生きる私の励みにもなるのではないかと思いました。神さまは、若い頃から私に目を留め、私を愛し、私を導いてくださった神さまであることを確認し、神さまをほめたたえたいと思いました。

 新しい聖書翻訳との恵みの出会い。人生を振り返ることができる老いの恵み。

散歩道。秋の日。