クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

初・悔い改め

 昨日の祈祷会で、讃美歌を歌った後、詩編36編6~10節を参加者が一節ずつ輪読しました。その後牧師がテキストについて短くコメントしました。この詩篇を巡って感想を語り合うのかと思いましたが、この詩篇は、11日の礼拝で詩編交読で読む聖書箇所で、あらかじめ読んでおくのもよいのでは、ということで取り上げたようです。その後、参加者が新年の抱負について語り分かち合う時を持ちました。

36:6~10
主よ、あなたの慈しみは天に/あなたの真実は大空に満ちている。
恵みの御業は神の山々のよう/あなたの裁きは大いなる深淵。主よ、あなたは人をも獣をも救われる。
神よ、慈しみはいかに貴いことか。あなたの翼の陰に人の子らは身を寄せ
あなたの家に滴る恵みに潤い/あなたの甘美な流れに渇きを癒す。
命の泉はあなたにあり/あなたの光に、わたしたちは光を見る。

 私はこれが読まれた時の第一印象は、<これは建前を語っている>!

 「神の慈しみは天に満ちている」とあります。天は神がおられる場所だから慈しみが満ちているのは当然です。地上にいる私たちはその慈しみが私たちに及ぶことを期待します。「あなたの翼の影に人の子らは身を寄せ」とあるように慈しみに満ちた神の翼のもとに私たちは逃れます。それゆえ神の慈しみはいかに貴いか」です。

あなたの家に滴る恵みに潤い/あなたの甘美な流れに渇きを癒す。
命の泉はあなたにあり/あなたの光に、わたしたちは光を見る。

 これらは神に信頼して歩む者の幸いを語っています。その通りだと思います。でも「神は素晴らしい方ですよ、そうじゃありませんか」と言われているような気がして、心はモヤモヤしたのです。

 新年早々、アメリカのトランプ大統領は、ベネズエラに軍事作戦を行い、ベネズエラの大統領を捕らえアメリカに連れ去りました。またその軍事作戦の中で、ベネズエラの兵士と民間人が40名以上が亡くなったと新聞記事に書かれていました。トランプ大統領は、アメリカの兵士に犠牲者は出なかったと今回の軍事作戦を誇っています。私は亡くなったベネズエラの市民のことを思います。トランプ大統領にとって軍事作戦の成功こそ誇りであり、犠牲になったベネズエラ市民の命など考慮に値しないと考えているようにみえます。

 こんな事態を目の前にしている時に、「神の慈しみは天に満ちている」などと私は口に出せません。詩編の言葉が信仰の建前を語っている言葉に思えたのです。

 しかし翌日、ふと思いました。神が慈しみ深い方であることは永遠に変わることがありません。人間世界に起きた出来事によって、神の慈しみ深さが変わるわけではありません。強国の権力者が力を行使して他国の人命を軽んじている事態に、慈しみ深い神は何をしているのだろうか、黙っているのですか、と言いたくなる思いが私の中にあるのです。

 詩編の言葉が信仰の建前を語っていると思ったことを悔い改めました。

サザンカ 散歩道