モーセと言えば、エジプトの奴隷状態であったイスラエルの民を率いた指導者です。神から指導者となるように命じられ、イスラエルの民を率いて、エジプトを脱出し、約束の地を目指す旅をしました。途中困難に出会うと神にどうしたらよいか尋ね、神の導きを求めて歩んだ人です。
エジプトを出てモーセに率いられたイスラエルの民は、ある海辺に着きました。するとエジプト軍が、イスラエルを連れ戻すべく追いかけてきました。前は海。後ろはエジプト軍。民はうろたえました。モーセに文句を言います。するとモーセは言います。
出エジプト記 14:13
モーセは民に答えた。「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない」。
このように語ったモーセに対して神は指示します。
出エジプト記 14:15~16
主はモーセに言われた。「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい。杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。
イスラエルの民は海の中を歩いて行きました。しかしエジプト軍が後を追うと別れた海はもとに戻り、エジプト軍は溺れて死んでしまいました。荒野の旅を続けたイスラエルの民は、レフィディムに到着しました。しかしそこには飲み水がありません。イスラエルの民は、私たちをエジプトから荒野の旅をしているのは、渇きで私たちを死なせるためだったのですか、と不平を言います。モーセはどうしたらいいですかと神に叫びます。神が答えます。
出エジプト記 17:5~6
主はモーセに言われた。「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる」。
モーセが杖で岩を打つと水が出て、民は水を飲むことができました。神は不信仰な民に神に信頼することを学ばせるために荒野で40年の生活をさせました。40年が過ぎ、いよいよ約束の地に向かって旅をします。またもや飲み水がなくて困るという事態が生じました。またもや民は不平を言います。神はモーセに指示を与えます。
民数記 20:7~8
主はモーセに仰せになった。
「あなたは杖を取り、兄弟アロンと共に共同体を集め、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。あなたはその岩から彼らのために水を出し、共同体と家畜に水を飲ませるがよい」。
神は言うのです。「岩に向かって水を出せと命じなさい」。以前は、杖で岩をたたいて水を出しました。今度は岩に命じなさい、です。これを聞いてモーセがどう思ったのかは分かりません。モーセはどうしたのでしょうか。
民数記 20:9~11
モーセは、命じられたとおり、主の御前から杖を取った。
そして、モーセとアロンは会衆を岩の前に集めて言った。「反逆する者らよ、聞け。この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか」。
モーセが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、共同体も家畜も飲んだ。
モーセは水を出すために行動しなければなりません。モーセは岩に命じませんでした。杖で岩を叩きました。水は出ました。でもなぜ岩に命じなかったのでしょうか。岩に命じて水が出るとは信じられなかったのでしょう。神の言葉を疑ったのです。神を疑ったのです。
人間の言葉であれば、私たちは疑わないかもしれません。でも神の言葉です。人間の思いを越える神の言葉です。それを疑うのも無理ありません。しかし神の言葉を信じるのが信仰です。
神はモーセに言います。
民数記 20:12
主はモーセとアロンに向かって言われた。「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない」。
イスラエルの民は、神がモーセに岩に命じて水を出しなさいと言うのを聞いていました。モーセはその通りにして水を出すことをしませんでした。神が聖なる方であることを示さなかったと神から咎められました。その結果、モーセは約束の地に入ることを許されませんでした。
「なぜ私を信じないのだ」と神は言われるかも知れません。

ニワゼキショウ 散歩道