祈り
信仰には疑いがつきまとうことは当たり前のことと考えています。自分が疑い深いことは、疑い深い人に福音を語る上で、役に立つと考えてきました。
牧師の働きから引退して6年経ちました。説教奉仕の機会が与えられます。
最近の祈りです。
この世界に福音が宣べ伝えられますように。
ウクライナを覚えての祈り
人がキリスト者になると、神の教えに従おうとの思いを抱くようになります。しかし、従いたくない心があることに気づきます。
今年の2月24日にロシアのウクライナ軍事侵攻が始まりました。そして5ヶ月が過ぎました。事態は見通しがつきません。ウクライナを覚えて祈り続けます。
ふっと思い出したのが助けを求めて叫ぶイスラエルの民のことです。私たちの世界でも、助けを求める叫びが聞こえます。
最近、執り成しの祈りをするとき、執り成すその人の上に「恵みと平和」があるように祈ることが多いです。
人は、必死に祈ったことがかなえられないとき、心が傷つきます。そして次に必死に祈る時、かなえられなかったら、との不安が心をよぎります。
パウロは手紙の出だしで恵みと平和があるようにと祈ります。恵みとは何でしょうか。思いめぐらしました。
聖書を読む信仰生活を考えるとき、礼拝を大切にすることが大切になります。
ロシアの軍事侵攻に直面して考えさせられたことがあります。
天の父よ、ウクライナを覚えて祈ります 最近ロシア軍が撤退したキーウ近郊の町で 市民がロシア軍によって虐殺されていた事実が判明しました
ウクライナの軍事侵攻を実行したロシアの大統領のための祈り。
天の父なる神さま ウクライナの子供たちのために祈ります
+ ロシアの軍事侵攻に対して戦うウクライナを覚えての祈り
ウクライナへのロシアの軍事侵攻を覚えて祈ります。
ぼんやり時を過ごしていると、自分は何をしているんだろうというような思いが湧いてきます。
今年の受難節はマルコ福音書を読んでいます。今日は14章10~11節。ユダの裏切りの場面です。イエス様の弟子の一人、イスカリオテのユダはイエス様を裏切り、イエス様を引き渡そうとして祭司長たちのところへ出かけました。そしてイエス様を引き渡す機会を狙…
ウクライナのための祈り 天の父なる神さま 世界中を震撼とさせる出来事が起きました。・・・
ロシアがウクライナに軍事侵攻したとのニュースが世界中を震撼とさせました。大国が自国の都合で他国に侵略することは許されないと考えます。
私は祈るとき、次のような告白を時々します。「私はあなたが真実な神であると信じます」。これは不思議な告白だと思います。
一生懸命に必死に祈った祈りが聞かれない経験をすると、一生懸命に必死に祈ることにためらいを感じるようになるかもしれません。
私は毎朝祈るとき、今日も御国への一日の旅路を歩むことができますようにと祈ります。一日の終わりには感謝。しかし・・・
イエス・キリストによって恵みとして与えられた者に、神さまに感謝する心があります。
臨終を前にして床についている自分は、どんな祈りをしてもらいたいのか、そんなことを考えました。
人を批判し裁く思いは誰にもあります。そのような思いが湧いたら、執り成すことが大切です。
私には毎朝祈る祈りがあります。それは「今日も御国への一日の旅路を歩ませ下さい」との祈りです。
小説『アルプスの少女ハイジ』には信仰のことが書いてあり、読んで善かったです。