holalaのブログ

隠退(引退)牧師holalaのブログです。

伝道

分かち合いの可能性

求道者の方が信仰者の交わりに参加されて洗礼の決断をされました。私にとってはかみさまからのおおきなぷれぜんと。

伝道のヒント

信仰者の正直な分かち合いの場はでんどうするちからがある、と私は信じています。

私が直面する宣教の壁(2)

聖霊をどう信じるのか。それが課題です。キリストとそのすべての恵みを受けるように導くのが聖霊だとハイデルベルク信仰問答は教えています。私たちはその恵みを聖霊を信じて受け取っているのかどうか。

私が直面する宣教の壁(1)

福音宣教に対する壁を感じます。私が考える壁を紹介します。それは福音を罪の赦しに限定して狭く考える傾向です。

伝道に必要なもの

伝道は教会の課題です。伝道を考えるとは何を考えることなのか、わたしの考えを述べました。大事なのは、信仰者の正直な分かち合いをする場、です。

湧き出る伝道の思い

人を何としても救いたいとの伝道の思いになれない私がいました。なぜ慣れないのか、わかりました。終末の事柄を本気で信じていなかったからです。

聖書が教える家族伝道

家族伝道の模範が聖書に書かれています。聖書の伝道に私たちは学ぶことができますし、伝道の門が開かれていくのではないでしょうか。

いのちあふれる集い

教会では週の半ばに祈祷会を持つことが多いと思います。私は牧師として働いているとき、祈祷会での聖書の学びについて工夫をしました。聖書を読むことについて、参加者が受け身になるのではなく、主体的になることを願いました。ですから私の方から聖書の解…

家庭集会について

1.私が経験した家庭集会 (1)母教会での経験 私の母教会は東京郊外にある教会でした。私が母教会に通っていたのは1970年代後半から1981年春までです。その後は牧師として三重県鳥羽教会に遣わされました。その頃の日本は高度成長の時代で、東京郊外という…

私の家族伝道

1.親、兄妹への伝道 私が育った家族は両親と、私、二人の妹の5人家族でした。そしてクリスチャンは一人もいませんでした。私が一番最初にクリスチャンになりました。サラリーマンとして働いているときに洗礼を受けました。洗礼を受けることについては、両…

私が教会に行くようになったきっかけ

私は教会の礼拝に誘われ、受洗に至りました。誘われたときから受洗まで数年かかりました。途中で礼拝に行かなくなった時期もありました。私が教会の礼拝に行くようになった経過をお話しします。 私は大学卒業後コンピュータの会社に入社し、あるプロジェクト…

伝道を考える

先日、『信徒の友』(信仰の月刊誌10月号)を見ていたら、ひとつのニュースがありました。北海道の春採(はるとり)教会と釧路教会が合併したとのニュースです。釧路教会として存続するとのことです。私が神学校を卒業して最初に赴任したのが三重県の鳥羽教…

時代を越えて必要なこと

最近思うこと 聖書の説明はもういい、 その通りに生きている姿を見せて欲しい。 このような声はあからさまには聞こえてきません。 しかし無言の響きをもって私たちを囲んでいるような気がします。 牧師が信徒に対して、 信徒がこの世の人に対して、 信仰に生…

聖書の言葉によって生きる

私はサラリーマンを十年してから牧師になりました。1981年4月に三重県の鳥羽教会に赴任し、1989年4月に静岡県の御殿場教会に、2002年4月に金沢元町教会に赴任し、2017年3月に引退しました。36年牧師としての働きをしてきました。そして今、痛感することの一…

これからの伝道を考える

こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。(エフェソ…