クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

自由・解放

説教 罪からの解放

1月22日(日)大阪にあるH教会で説教奉仕してきました。 ~~~~~~~~~~~~~~~ 旧約聖書 出エジプト記 3章7~10節 新約聖書 ローマ 6:1~20 説教 罪からの解放 ~~~~~~~~~~~~~~~

人生航路の第二段階(71)いざ、罪と戦う

罪に勝利する、大げさな表現かもしれません。罪に打ち勝つ秘訣です。

人生航路の第二段階(70)赦しがたい人を赦す

Aさんは<赦さなければいけない。でも赦せない>という思いが心の中でぐるぐる回り、辛い日々が続き、どうしようもなくなり、「神さま、赦します」と祈りました。するとどうしたことでしょう・・・

人生航路の第二段階(69)キリスト者の死と復活

キリスト者はキリストと共に死にましたが、キリストが死者の中から復活したようにキリスト者はキリストと共に生きることになります。

人生航路の第二段階(68)無力さの告白

罪から解放されるために、罪は敵であることを認識することが大切です。使徒パウロは、私たちが罪を犯さざるを得ないのは、私たちのうちに罪が住んでいるからであると語りました

人生航路の第二段階(64)罪からの解放とは

罪からの解放とはどういうことでしょうか。キリスト者というのは、成熟を目指して成長する者であると考えることができます。成熟の過程で、罪からの解放を経験していきます。

人生航路の第二段階(63)本気で求めること

罪から解放されるために大切なことは、それを本気で願うこと、本気で願っていることを行動で現すことです。反面教師となるのがイスラエルの民です。

人生航路の第二段階(62)キリストの勝利

エジプトの奴隷状態からの解放を願ったイスラエルの民は、神の大いなる力によって解放されました。私たちはキリストの救いの恵みによって罪の支配から解放されます。聖書のメッセージです。

人生航路の第二段階(58)キリストの方法

わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます(ローマ6:8)。

人生航路の第二段階(57)罪から解放するキリスト

イエス・キリスト、そしてイエス・キリストの父なる神は、私たちを罪から解放してくださる方です。この方に信頼し、助けを求めることが罪から解放されるために大切なことです。

人生航路の第二段階(56)罪の支配、罪の奴隷

罪の支配下にあること、あるいは罪の奴隷であるとはどういうことかを明らかにします。

人生航路の第二段階(55)神による解放のポイント

イスラエルの民のエジプトでの奴隷状態からの解放、イエス・キリストによる罪からの解放には共通点であります。

人生航路の第二段階(54)解放としての救い

出エジプトの出来事は、神の民は捕らわれから解放された自由な民であることを伝えています。そしてこれはキリストを信じる群れもまた捕らわれから解放された群れであることを指し示しています。

人生航路の第二段階(53)罪に対して死ぬ

キリスト者はキリストに結ばれており、キリストと共に死に、罪から解放されました。

人生航路の第二段階(19)神の戒めを喜ぶ

私はクリスチャンが「神さまの戒めを守らなければならない」と語るのを何度も聞きました。なぜ、守らなければならないのかと考えるのでしょうか。

人生航路の第二段階(13)キリスト者と律法

キリスト者は、律法の下にはいない、律法に対しては死んだ者、律法から解放されている、とあります。どういうことでしょうか。

自由、解放をもたらす福音

福音は信じる者に自由、解放をもたらすものだと思います。新約聖書に出てくる重要な解放は三つあります。罪からの解放、律法からの解放、死の恐怖からの解放。

人生航路の第二段階(7)罪との深刻な戦い

キリスト者は時に深刻な罪との戦いに直面します。神さまの御心に従いたくないという思いが、私たちの心にあるのです。

人生航路の第二段階(6)決断に生きる信仰者

すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、

人生航路の第二段階(5)罪から解放される

キリストに結ばれた人は、キリストと共に死にます。罪に対して死に、罪から解放されます。

悪い思いからの脱却

大事なのは、悪い思いに支配されて行動しないことです。どうしたらいいのでしょうか。

心を解放する言葉

「わたしバカよね、おバカさんよね」。細川たかしさんが歌った曲の出だしです。「自分ってバカなんだよね」。これは心を解放する言葉です。

束縛される思い

私たちは、自分は自由にものを考えていると思っているのではないでしょうか。しかし案外私たちは束縛されていると思います。

神の戒めは守らなくていい?(続き)

神の戒めを守ろうとした時、心が抵抗することがあります。信仰の成長のチャンスです。

神の教えは守らなくていい?

私は多くのクリスチャンが神さまの教えを守らなくてはならないと語るのを聞いてきました。どうして「守らなくてはならない」と考えるのでしょうか

キリストの十字架を私が誇る理由

キリストの十字架を私が誇る理由。それは私がキリストとひとつにされて歩むことができるようになったからです。

A長老とBさんの対話(10) 私たちは自由か

聖書は人は罪と死に支配されていると語りますが、人は自分が自由であると考えています。

キリストの復活の恵み

キリストの復活がなかったら、あなたがたは今なお罪の中にあるとパウロは語りました。キリスト者は復活を信じ、罪の支配から解放されました。

受難節で学んだこと(1)

十字架の上でひとびとからののしられ、あざけられ、侮辱されたいえす。みじめなすがたをさらすのはなぜ?

肉と霊の戦いに勝利する

肉の思いに勝利し、罪に打ち勝つために必要な二つのもの。信仰の決断と、御言葉を喜ぶこと。