クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

2021-03-01から1ヶ月間の記事一覧

A長老とBさんの対話(7)新しい人として生きるのがキリスト者

キリスト者が新しい人として生きる理由。そもそもキリスト者は新しい人だから。

A長老とBさんの対話(6)なぜ新しい人として生きるの?

キリスト者が新しい人として生きていく理由。第一のりゆは神の国を目指して生きているから。

神さまに対する親しみ

イエス様は御子として父なる神さまに親しみを感じていると思います。自分もそのような親しみを感じたいとの願いがあります。

A長老とBさんの対話(5)新しい人、神さまの御心に思いを向ける人

聖書を読み、神さまがいかなるかたかを知り、また戒めの背後にある神さまのお心を知ることは大切であり、喜びです。

A長老とBさんの対話(4)新しい人、良い木

キリスト者は可惜いく生まれた人、これは聖書のメッセージです。いかに新しい人として生きるのか。

A長老とBさんの対話(3)新しい人、それは信仰の出発点

キリスト者は新しく生まれた存在です。新しい人としてどのように生きていくのか、課題です。私の答えは・・・

わが主、イエス

イエス様は「あなたたちはやがて、/人の子が全能の神の右に座り、/天の雲に乗って来るのを見る」と語り死刑にあたると裁かれました。。

わたしと共に目を覚ましていなさい

ゲッセマネの園でイエス様は「わたしと共に目を覚ましていなさい」と弟子たちに命じました。これは私に向けられた言葉です。

聖書をこととして読む

イエス様は聖書に示された神さまの救いの計画に身を投じました。聖書を我がこととして読むことを教えられます。

A長老とBさんの対話(2)キリスト者は新しい存在

キリスト者は新しい存在であることをめぐっての会話

御国への一日の旅路

物憂い思いで目覚めた一日。色々なことがありました。

祈り、そして決断

ゲッセマネの園で祈り。祈りの中で、十字架への道を決断するイエス。そして「立て、行こう」と前進するイエス様

イエス様の悲しみ

ゲッセマネの園で主イエスは祈られました。そのとき、「死ぬばかりに悲しい」とイエス様は言われました。何を悲しまれたのでしょうか。

A長老とBさんの対話(1)新しき人、キリスト者

キリスト者は新しく生まれた人です。実感しにくいかもしれませんが、信じることが大切です。

今から10年前のあの日

10年前の東日本大震災を思い出して書きました。

キリスト者の弱さと強さ

自分の弱さにどう対処するのか。弱さに直面する時、それは神さまの出番です。

弱さを誇るキリスト者

イエス様は朱の盤さんの後、弟子たちがみなつまずくことを告げます。それはなぜなのか。

神の愛の大きさ

主の晩餐の記事から神さまの愛を思いめぐらしました。

主のみ声を聞きたい

久しぶりにあずかる聖餐への期待。主の声を聴きたいとの祈りをもってあずかる。

確かさの追求

信仰を持つ人は、自分が信じることが確かであるとの思いを持つのではないでしょうか。確かさの追求は私の課題です。

キリスト者は神の子(つづき)

キリスト者は神の子です。さらにキリストを着ていると言われます。すばらしい上着を着ていることになります。

キリスト者は神の子です

キリスト者は神の子。キリスト者のアイデンティティーは神子

不可解な聖句

私の理解を超えた聖書の言葉、不可解な言葉の紹介です。魅力的な言葉です。