クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

信仰者

人生航路の第二段階(60)私たちの死と復活

キリストに結ばれ、キリストと共に死に、キリストと共に新しい人として生きるようになることは、私たちの平凡な信仰生活の中でも、気がつかない形で静かに進行しているのではないでしょうか。

人生航路の第二段階(26)ぶどうの木の枝のイメージ

キリスト者としての成長を考えるとき、自分はぶどうの木の枝と考えるのもよいと思います。ヨハネ福音書15章にある主イエスのたとえです。

人生航路の第二段階(25)いのちのイメージ(続き)

キリスト者に与えられた「いのち」に必要なものは霊の乳です。霊の乳とは神の言葉のことです。

人生航路の第二段階(21)神の戒めを行う力

「神はキリスト者に神の戒めを行う力を与え、キリスト者は神の戒めを守ります」。うれしい言葉ではないでしょうか。

神の永遠の聖定(1)人間に対する神のご計画

神さまは目的を持って万物、人間を創造されました。その神さまのご意志を神学的には「永遠の聖定」といいます。

キリスト、わが内に生きたもう(3)キリストとひとつに生きるパウロ

キリストと結ばれた者としてキリストを宣べ伝えています。彼の経験派、彼がキリストとひとつにされていることを示します。

緑に輝く木々の姿

私が明るく輝く木の姿に感動するのは、木々が信仰に生きる自分の姿を映しているからかもしれません。

キリスト、わが内に生きたもう(2)キリストに結ばれた者

使徒パウロは、キリスト者のことをキリストに結ばれた者と語ります。キリストに結ばれている、それがキリスト者の特徴あるいは本質だというのです。

キリスト、わが内に生きたもう(1)

生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。この聖句を自分のものにしたい。

人々の不信仰に驚くイエス

今日はマルコ福音書6章でイエス様が故郷のナザレにお帰りになり、安息日に会堂で教えられた箇所を読み、思いめぐらしました。

キリスト者は何を誇るか

ガラテヤ 6:14 しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。 強烈な聖句です。

クリスチャンは立派な信仰者であるべきか

クリスチャンは立派な信仰者であるべきか。立派な信仰者であるべきだという発想に疑問を投げてもよいと思います。