クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

福音を考える

心の中はいつも戦場

信仰者の心の中は罪との戦いの戦場。そこに福音が届けられます。

クリスチャンはどこで生きるか

罪の領域と御子の支配する領域のどちらで生きるのか。人はどちらかの領域で生きています。

私たちは罪の下にいた

人はみな罪の下にあります。罪の支配下にあるというのです。聖書の人間観です。

神からの使命か?

神の御心は、私たちが聖なる者となることであると聖書に記されています。きちんと受けとめいたいと思います。

実はイスラエルも(10)まとめ

旧約聖書に描かれたイスラエルの民の歩みから学べることを紹介します。 1.神はご自身を救いの神として現される神。 2.神はイスラエルの民を愛し、交わりを求める神

実はイスラエルも(9)立ち帰るよう呼びかける神

神に逆らい神の民として生きることを拒むイスラエルの民。そんな彼らを見捨てることなく、立ち帰るように求める神

実はイスラエルも(8)信仰の継承

イスラエルの王国時代、信仰の継承が為されませんでした。それは信仰が神との交わりに生きるものであり、信仰が個人的なものであるという側面があったからです。

実はイスラエルも(7)神の民の代表としての王

ダビデ王は、神の民イスラエルの王として神を畏れ敬う王でした。彼にも失敗がありましたが、神は信仰に生き続けた王でした。

実はイスラエルも(6)顧みる神

イスラエルの民は、王を立てることを願い、神に信頼するより、人間の力に頼ろうとし、神の民というアイデンティティーを捨てようとします。

実はイスラエルも(5)そもそも信仰に生きるとは

約束の地に入ったイスラエルの民の歩みから三つのことを覚えます。信仰の継承、偶像礼拝、聖書が伝える信仰の特徴。

実はイスラエルも(4)未熟な信仰の民

神の大いなる御業を体験したイスラエルの民でしたが、彼らが抱く信仰は未熟な信仰でした。

実はイスラエルも(3)神の民として成長する

神の民としてのイスラエルは神の民として成長していく。そのための神の配慮。

実はイスラエルも(2)イスラエルの民は神のみ業を見た

イスラエルの民はありありと、まざまざと神のみ業を見ました。それで「神の民」として生きていく決心をすることができました。

実はイスラエルも(1)その発端

旧約聖書に登場するイスラエルの民、彼らは「神の民」というアイデンティティーに生きるように神に召された民でした。

罪人の再生の始まり(16)アイデンティティーのまとめ

クリスチャンのアイデンティティーはクリスチャンのさまざまな面を明らかにしています。

罪人の再生の始まり(15)アイデンティティーの確認(神のもの)

クリスチャンのアイデンティティーは「神のもの」です。神さまはわたしたちを御自分のものとして大切にしてくださいます。

罪人の再生の始まり(14)アイデンティティーの確認(聖なる者)(つづき)

クリスチャンのアイデンティティーが「聖なるもの」であるという時、クリスチャンが世の他の人々から区別されて、イエス・キリストを信じ、神との交わりに生きる人であることを意味します。

罪人の再生の始まり(13)アイデンティティーの確認(聖なる者)

聖なるものとは、他のものと区別されて特別なものであるとの意味です。安息日を覚えてこれを聖別せよ。特別な日にするのです。

罪人の再生の始まり(12)アイデンティティーの確認(聖なる者)

聖書は信仰者のアイデンティティとして「聖なる者」を語ります。クリスチャンは聖なる者なんです!

罪人の再生に始まり(11)アイデンティティーに向き合うとき

クリスチャンのアイデンティティーに向き合うことができるのは、それなりの期間信仰生活を送ってきた人ではないかと思います。

罪人の再生に始まり(10)福音としてのアイデンティティー

クリスチャンのアイデンティティー、それは福音と考えることができます。

罪人の再生の始まり(9)アイデンティティーの確認(新しい命を持つ者)

クリスチャンは「新しい命」を与えられています。新しい命を与えられ、新しく生まれました。そして神の子と呼ばれます。

罪人の再生の始まり(8)アイデンティティーの確認(神の子)

神の子、これもクリスチャンのアイデンティティーです。私たちは神に愛される神の子です。

罪人の再生の始まり(7)アイデンティティーの確認(聖霊を内に宿す人)

洗礼を受けたキリスト者、クリスチャンの心には聖霊が住んで下さいます。聖霊を内に宿す人、これもクリスチャンのアイデンティティーです。

罪人の再生の始まり(6)アイデンティティーの確認(神の前に正しい人)(補足2)

私は自分が罪深い者であるとの認識を持っていますが、私のアイデンティティーは、神の目に正しい者、です。

罪人の再生の始まり(5)アイデンティティーの確認(神の前に正しい人)(補足)

クリスチャンが罪を犯したら罪に定められるのでしょうか。罪を犯すクリスチャンはやはり罪深い存在なのでしょうか。

罪人の再生の始まり(4)アイデンティティーの確認(神の前に正しい人)

イエス・キリストを信じた人は、神の目に正しい人です。クリスチャンのアイデンティティーは、神の前に正しい人、です。

罪人の再生の始まり(3)アイデンティティーの確認(新しく生まれた者)

信仰者は新しく生まれた者です。信仰者のアイデンティティーです。

罪人の再生の始まり(2)アイデンティティーの確認(罪からの解放)

クリスチャンのアイデンティティーを知ることが再生の始まりまで宇。クリスチャンのアイデンティティーの最初は、罪から解放されている、です。

罪人の再生の始まり(1)洗礼

洗礼には神ご自身が働かれます。その結果、私たちはクリスチャンになります。名前だけクリスチャンになったのではありません。