クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

福音を考える

聖書が語る救いについて(7)死後の救い

聖書は死後の救いについても語ります。私たちは神の国に迎えられます。これが本当だと信じることのできる根拠は、イエス・キリストの復活にあると信じます。

罪の呪縛(続きの続き)

私のアイデンティティーは正しい人間。「私は罪深い」は信仰者のアイデンティティーではありません。神さまの助けを得て罪を克服します。

罪の呪縛(続き)

「私は義人にして罪人である」。この言葉も私たちを罪の呪縛の中に導きます。問題なのは、私たちが福音に対して無知であることです。

罪の呪縛

人を罪意識の呪縛に追い込む者として、宗教改革者ルターの言葉があります。その言葉がひとり歩きをすると罪意識の呪縛をもたらします。

心が痛むこと

罪意識に悩む人がいます。心が痛みます。福音は喜ばしい知らせなのに。なぜ、と考えざるを得ません。

聖書が語る救いについて(6)教会に生きる(続き)

私たちの生きる拠点は教会です。福音を聞き、信仰者の愛の交わりに生き、この世へ遣わされます。

聖書が語る救いについて(5)教会に生きる

教会に属して生きる、そこにも神の用意された救いがあります。信仰は生活の拠り所以上のものです。

聖書が語る救いについて(4)キリストと同じ姿に

救われて生きるとは、キリストと同じ姿に造りかえられる歩みをすることであり、この世の旅を通して、造りかえられていきます。

聖書が語る救いについて(3)神の国を目指す旅に生きる

救いとは、目標を目指して生きることができる幸いのことです。神の国を目指してこの世の旅をする私たちの歩みの中に救いがあります。

聖書が語る救いについて(2)

聖書が語る救い、それは神に導かれる人生を生きること。

聖書が語る救いについて(1)

救いとは、神が用意された未来に生きること。未来を選ぶこと。

救いを必要とする理由

私たちが救いを必要とする理由は何?

聖書に描かれている罪(16) まとめ(3)

聖書に描かれている罪についてのまとめ。行為としての罪、思いとしての罪。

聖書に描かれている罪(14) まとめ(1)

聖書に描かれている罪を見てきましたが、まとめてみます。

聖書に描かれている罪(13)イザヤの罪

預言者イザヤの召命の出来事から罪を教えられます。

聖書に描かれている罪(12)パウロの罪

パウロの罪。神に対して誰よりも熱心な人が犯す罪。傲慢!

聖書に描かれている罪(11) ペトロの罪

イエスのことを三度知らないと言ったペトロの罪です。

聖書に描かれている罪(10)王たちの罪

イスラエルの王たちの犯していた罪。罪とは何かを教えられます。

聖書に描かれている罪(9)ソロモン王の罪

イスラエルのソロモン王の罪。心が神から離れ、そのことが警告されても悔い改めようとしない頑なさ。

聖書に描かれている罪(8)モーセの罪

イスラエルの指導者もーせがおかしたつみです。モーセも罪を犯しました。

聖書に描かれている罪(7)サウルの罪

イスラエル初代の王サウルは神の命令を徹底して守らず、罪を犯し、おうのちいをしりぞかせられました。

聖書に描かれている罪(6)イスラエルの民の罪(偶像礼拝)

イスラエルの民が陥った罪、それは偶像礼拝。それは「主を捨てる罪」。クリスチャンに無縁の罪ではありません。

聖書が描く罪(5)ダビデの罪

ダビデの犯した罪。高慢の罪。神を侮り、神の言葉を侮る罪。姦淫、殺人の罪。

聖書に描かれた罪(4)神を信頼しないという罪

信頼できる神に信頼しない、それは神を侮ることでした。神を信じるとは、神を信頼すること。罪とは神を信頼しないこと、つまり神を信じないこと。

聖書に描かれた罪(3) 偶像を造る罪

偶像を造ることは、神を否定する罪を犯すことになります。

聖書が描く罪(2)心の思い

二回目に紹介するのはイエス様の教えです。心の中で犯す罪。

聖書が描く罪(1)アダムとエバの罪

創世記3章、アダムとエバから罪とは何かを考えます。