クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

クリスチャンはどこで生きるか

クリスチャンの成長(49)キリストに結ばれて- 7

 前回目に見えない二つの領域があると書きました。暗闇・サタンが支配する領域・領土、これは罪が支配する領域・領土と言い換えることができます。そして今ひとつは御子の支配する領域・神が支配する領域。そして私たちはこのどちらかに生きていると。

 こんなこと初めて聞いた、知らなかったという方もおられるかもしれません。本当なの?と思われる方もいるかもしれません。しかし聖書に書かれていることなのです。

 雨が降っているとき、私たちが傘をさしたとします。私たちの体は傘の中にあるので、雨にぬれません。また足もとの地面も雨にぬれません。しかし傘の外の地面はぬれています。傘の存在は、雨にぬれる場所とぬれない場所のあることを教えています。

 嵐が来て横殴りの雨が来たら、傘は役に立ちません。外がどんなに嵐でも、風が強く吹き雨が土砂降りでも、家の中は風からも雨からも守られています。家の外では嵐がひどくても、家の中は安全で穏やかです。家の外にいるか、中にいるかで状況は全く違います。嵐の領域と安全な領域があります。

 以上はたとえです。それと同じように、罪が支配する領域と御子・御父が支配する領域があると聖書は語ります。罪が支配する領域にいる人は恐れに捕らわれ、失敗すれば自分を責めたり、後悔したりします。明日がどうなるのか不安で思い煩います。しかし御子・御父が支配する領域にいる人は、自分を神にゆだね平安が与えられます。赦しを信じ、いたずらに自分を責めません。明日も神の御手にあると信じ、心は穏やかです。

 イエス様が公の活動を始められたとき、こう語られました。

マルコ 1:15
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。

 神の国は、神の御支配を意味します。そしてイエス様は人々の病気を癒やし、悪霊につかれて苦しんでいる人々から悪霊を追い出し、人々を苦しみから自由にしました。つまり神の御支配をまざまざと人々にお見せになったのです。そして福音を信じ神の御支配の中を生きるように招かれたのです。

 信仰をもって生きるとは、罪が支配する領域から、御子・御父が支配する領域に移って生きることを意味します。キリスト者は、御子・御父が支配する領域で生きていきます。キリストに結ばれた信仰者は御子・御父が支配する領域に身を置き、この世の歩みをします。

 その昔、イスラエルの民はエジプトの国で奴隷生活をしていました。エジプトは奴隷の地でした。しかし神は彼らをエジプトから救い出し、約束の地に連れて行き、そこで民は、自由な民として生きました。神が連れて行くと約束された地、そこは自由に生きることができる地でした。救いとは、奴隷の地から約束の地、自由に生きる地へ移されることでした。

コロサイ 1:13
御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。

 私は、空しさと恐れに満ちていた罪の領域には、どんなにお金を積まれても戻るつもりはありません。

 

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