クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

十字架

十字架のくしきひかり(3)自由の光

私は十字架のくしき光の中に自由を見ます。十字架の死を遂げた方こそ、私の主であり、この方は私を自由にしてくださいました。

十字架のくしきひかり(2)憐れみの光

十字架のくしきひかりを仰ぐとは、十字架の恵みを確認することと言い換えてよいと思います。この確認をしたいと思いました。今回は2回目。

十字架のくしきひかり

十字架のくしきひかりを見るとはどういうこと?

主イエスの悲しみとは

主イエスはゲッセマネの園で、「わたしは死ぬばかりに悲しい」と語られました。主は何を悲しまれたのでしょうか。

ただ主を思う

讃美歌11番 生くるも死ぬるも、ただ主を思う ゆるがぬこころを あたえたまえ

胸がいっぱいに

今日の出来事。

人生航路の第二段階(10)罪の償いの供え物

イエスは死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、神に対して従順に歩まれました。この方が私たちの罪の償いの供え物として十字架で亡くなられました。

十字架を背負うイエス

十字架を背負ってゴルゴタの丘に向かうイエス様。どんな気持ちで十字架を背負っていたのでしょうか。

キリストを知ることのあまりのすばらしさ

そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストを知る素晴らしさとは?

クリスマスに思う(10)天上での対話-5

天地の造り主なる神は何を考えて世界を創造されたのでしょうか。思いめぐらしました。第五回目。十字架が視野に入ります

クリスマスに思う(9)天上での対話-4

天地の造り主なる神は何を考えて世界を創造されたのでしょうか。思いめぐらしました。第四回目。

クリスマスに思う(8)天上での対話-3

天地の造り主なる神は何を考えて世界を創造されたのでしょうか。思いめぐらしました。第三回目。

新年の抱負

新しい年の願い。目標となる聖句。

身代わりという考えは妥当か?

イエス・キリストは十字架の上で、私たちの代わりに神の怒り、神からの罰を受けられたと聖書は語ります。身代わりの思想は適切なのでしょうか。

クリスマスの恵みを考える(1)

イエス・キリストは神であるのに人となり、人を救うために十字架で死なれました。神が人となり、人のために死ぬ、こういうことでしょうか

十字架のつまずきを越えて

わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなもの」。 キリスト者はつまずいていないのか?

十字架を探求する

讃美歌をもとの英語で味わうことは、詩人の信仰の心に触れることができそうです。