2023-01-01から1年間の記事一覧
今年を振り返っての思いを書きました。
信仰に生きる時、疑いという影がつきまとうものだと考えてきました。でもふと思うのです。なぜ疑う心があるのだろうか。
クリスマス礼拝の説教奉仕をしました。礼拝が始まる直前、説教原稿がないことに気づいて頭はパニック。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」。この御言葉による説教です。
福音を狭く理解することが起きていないだろうか。福音とは罪の赦しのことであるという施米理解。
教会の使命の第一は福音を宣べ伝えることにあります。私には一つの危惧があります。
教会の使命の第一は福音を宣べ伝えることにあります。私には一つの危惧があります。
昨日は一ヶ月ぶりにA教会の礼拝に説教奉仕をしました。教会に着くや役員の方から、訃報がありますと言われ・・・。
「この道より我を生かす道なし、この道を歩く」。私も、この道を歩んできたことを思います。
祈りについて思うこと。何を祈るか、そこにキリスト者としての自分がどのような信仰者であることが現れる、と。
教会で行われていたアルコール依存症のミーティングに参加し、分かち合うことの意義を知りました。励まし合う集会です。
礼拝説教です。イエス・キリストを信じ信仰によって義とされた人の祝福について聖書に聴きたいと思います。
聖書の学びは信仰者を成長させます。しかし成長させる学びは、簡単ではありません。
教会はキリスト者の信仰を成長させることが大切だと気づきました。
超教派の集会に参加し、聖書の読み方を学び、聖書を信仰の力とすることにより、伝道できる教会を形成したいと私は考えました。
イスラエルのガザ軍事攻撃の再開を覚えての祈り
妻の友人から妻に「私が今通っている教会は友だちを誘いたくなる教会なの」という電話がありました。その狭隘の礼拝に出席しました。
主の祈りを思いめぐらし、気がついたこと。
鳥羽教会時代に自分の信仰的立ち位置が明確になりました。改革派の信仰に立ちました。
教会について考えたいと思います。牧師として最初に教会に赴任したときのこと。
説教奉仕で旅した日記メモ
信仰生活を始めてから、私には分からないことが二つありました。聖書をどう読んだらいいのか、祈りはどう祈ったらよいのか、です。
i祈りにむなしさを覚えるときがあります。どうしましょう?忍耐強く祈ることが大切かな
神は、人間に自由を与えたので、原則として人間の行動を妨げることはしないと。それを踏まえて祈りました。
ひとりごと
サイードが求めたのはイスラエルとパレスチナという二つの国家ではなく、ユダヤ人もパレスチナ人も互いに相手の存在を認めるひとつの国家をつくることだった。
独り子を与えてくださった、そこに神の愛があります。二つの恵みがあります。
「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」。この聖書の教えは、愚かな教えに見えるかもしれません。でも・・・
ガザの現状を覚えての祈り 天の父なる神さま、 テレビで放映されているのを見て、 ガザの悲惨な状況を知ります。
礼拝説教 聖書 創世記15章1~6節 ローマの信徒への手紙 4章13~25節 説教 神を信用する