クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

自分と異なる他者との共存

 朝日新聞の昨日と今日の夕刊の記事で、共通に言及されていた人物がいました。英国統治下のパレスチナに生まれ、米国で長く教鞭をとった知識人エドワード・サイードという人です。サイードは「パレスチナとは何か」などの著作でパレスチナの将来を模索し続けたそうです。私はこの人のことはまったく知りませんでした。

 昨日の夕刊では「サイードが求めたのはイスラエルとパレスチナという二つの国家ではなく、ユダヤ人もパレスチナ人も互いに相手の存在を認めるひとつの国家をつくることだった。他者の排除を克服する構想である」と執筆者の藤原帰一氏は書いています。

 もう一つの記事は、バイオリニストの紹介記事です。この演奏家は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との来日を機に、東京で日本初のリサイタルを開くとのことです。

 この人はアラブ系イスラエル人で「8歳の時、偶然テレビからきこえてきたバイオリンの音に心を奪われた。弾いてみたいと熱望していたちょうどその頃、故郷のナザレにパレスチナ系の思想家エドワード・サイードと、イスラエルの指揮者ダニエル・バレンボイムが音楽院を創設。その最初期の生徒となる」とありました。

 サイード氏の考えが音楽院の創設で一つ形になったということができます。今日の現実は、民族の枠を越えて共に生きることが困難である現実です。


 ちょっと長いですが聖書を引用します。

エフェソ 2:11~18
だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。
また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。
しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。
 2:14 実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、
規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、
十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。
 2:17 キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。
それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。

 エフェソの教会には異邦人とユダヤ人がいました。ユダヤ人は異邦人のことを罪を犯す者と軽蔑する傾向がありました。異邦人にはユダヤ人への反発があります。このエフェソの教会では、異邦人もユダヤ人もキリストにあって一つになり、隔ての壁が取り壊されたことを告げています。

 世界の現実は、あちこちに隔ての壁があり、この壁を壊して、一つとなり平和な世界を築くことが困難となっています。それが困難な理由は、自分を愛するように隣人を愛することができない人間の罪です。

 平和は身近なところで築かれる必要を思います。私たちは自分と違う人と隣り合わせで生きているからです。

アキノキリンソウ 近くの里山で