クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

日々の思い

悔い改めの祈り

偶像礼拝を悔い改める祈り。理性が偶像とする罪を悔い改める祈り。

賛美はすばらしい

最近讃美歌を原語で聞いています。原語で味わい、自分の信仰の肥やしにしています。

自分の死をどう考える?

新聞記事から、死の受けとめ方画人によって違うことをあらためて知りました。

新型コロナウィルスと神の御心

新型コロナウィルス感染拡大の事態をどう考えるか、神さまはどう思っておられるのかを想像してみました。

新型コロナウィルスに聖書によって向き合う

新型コロナウィルス感染に対する私の向き合い方。神の摂理を信じて向き合います。

私の身によってキリストが

「生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています」。このパウロの願いを自分の願いとした私。

明日はわが身?

新型コロナウィルスの脅威に対する恐れ、ストレスは祈りによって解消しよう。

わたしの願い

牧師を隠退して募ってくる思い。福音が余すところなく宣べ伝えられているのだろうか、との思い。

礼拝と活動の自粛

活動の自粛、外出の自粛の中で、日曜の礼拝をどうするのか、教会の課題です。

時間の感じ方

朝目覚めたときの思い。今日も「老いの一日」を過ごす。明日も「老いの一日」の繰り返し。

自由へのあこがれ

自由に憧れるという賜物が私には与えられているのかもしれません。

なすべきことはただ一つ

私の終活をめぐっての思い。いの手与えられた聖句。

新しい歌を歌え

イエス様の言葉に思いを巡らして歌にしました。

妻は宇宙人?

同じ人間なのに、見たり聞いたり感じたりすることは同じなのに、全く違う認識の仕方をしていていることをあらためて知りました。妻は宇宙人なのでしょうか。

イエスを信じる覚悟

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」

あと一日しか生きられないとしたら

あと一日しか生きられないとしたら、何をしますか。

一年の終わりに

2019年の終わりを迎えての思い

当てにならない思い

自分の思いが案外当てにならないことを教えられました。

習慣について

私たちの生活は習慣の集合です。良い習慣を身につけることは私たちの生活の質を向上させます。

折々の恵み

神さまは、人を用いて語りかけてくださいます。ひとりの姉妹からの手紙が、そこに書かれていた説教者の言葉が、私の心をおだやかにしてくれました。

赤ちゃんにも人格が

幼児虐待の悲しいニュースを聞きました。赤ちゃんや幼児にも人格があります。このことが理解されれば虐待は少なくなるのではないかと思います。

もっと遠くを見て

将来を見て生きることの大切さ。自分の働きが無力に見えたとしても、そうではない。きっと役に立つ。生かされる。

死を思い 生を見つめる

新聞に「死を思い、生を見つめる」と題して読者の投稿を紹介していました。興味深かったので、いくつかの投稿を紹介しました。

説教者はクリエーター?

説教者は聖書を題材とするクリエータではないかと思うようになりました。その人のオリジナルな証しの言葉が求められます。

結婚式での思い

昨日は名古屋まで出かけ、結婚式に参列してきました。キリスト教の結婚式です。新婦は、かつて私が牧会していた教会の教会員です。彼女は宣教に仕えたいとの思いで神学校に行きました。神学校で学び、卒業してその神学校でスタッフとして働きながら出会った…

牧師を引退して2年が過ぎ

牧師を引退しての近況と感じるところを書きました。

イースタの喜び

一昨日はイースタ礼拝でした。この日の説教テキストをどこにしたらいいのかと悩みました。イースタですから福音書の復活記事を説教テキストにすればいいのですが、ためらいを感じました。安易な感じがしたからです。自分にとってイースタの喜びは何なのか、…

季節の移ろい

日が暮れる場所の変化により、季節の変化を感じます。

中途半端な自分に神さまは

アニメ「ピアノの森」を見て気づいたことがあります。何事も中途半端であった私に心から熱中し追究するものを与えてくださっていたのです。感謝です。

キリストのみ跡に従う

「わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とかして死者の中からの復活に達したいのです」(フィリピ3:10~11)。 パウロは、キリスト者の復活をコリント一15章で語っています。私は礼拝で使徒信…