クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

日々の思い

奈良を歩いて

奈良の名所を歩いて思うこと。キリストを信じることができた幸いを思います。

祈ること、願うこと

近況です。夏が過ぎ、静かな夜、思いに浸り、また聖書を学ぶ日を過ごしています。

心の変化を喜ぶ

終末の事柄をいかに信じるのか。賛美することは、自分の声を通して、歌詞を聞くこととなり、信仰が芽生えます。

死ぬことは利益なのです

パウロは死ぬことは益ですと語りました。死ねば、神の国に行き、キリストと出会い、いつまでもキリストと共にいることになるからです。

葬儀の知らせを聞いて

葬儀の知らせを聞き、老いを生きることの恵みと厳しさを思わされました。教会が慰めの共同体であってほしいと切に願います。

私の心の願い

ふと何のために生きているのかと思います。私の「心」の言葉。そして私の「頭」は、信仰によって人生を最後まで生きると言います。

心を汚(けが)さない

『竜の道』『半沢直樹』。人気役者が出るドラマです。いずれも復讐をテーマとしています。悪人が懲らしめられ痛悔です。でも・・・

満たされた日曜の午後

私はこの時代に生かされていることについて、神さまの恵みを感じています。特に牧師として歩むことを考える時。

故人との再会

葬儀の時に慰めの言葉として天国での再会を語ることへの違和感の理由がわかりました。

御用がある内は召されない

「御用のある内は召されない」。魅力的な言葉です。でもおまじないのような言葉です。

おいしい珈琲

コーヒーとカレーの話し。神との平和がもたらすささやかな幸せ。

新型コロナに対する覚悟

「高齢者が感染すると重症化する恐れが」という言葉を何度も聞くと、この「恐れ」が自分の心に住み込んでしまいそうです。

志を果たして

唱歌「ふるさと」を聞いてイメージが湧いてきました。志を果たして天の故郷に帰る!

気持ちを切り換えて

新型コロナの生でしょうか。季節の移り変わりを心は感じません。もう6月の終わりか、と驚いています。

わたしの願い

ハイキングに出かけました。アブラハムやイエス様のことを思いめぐらしながら、祈りながら歩きました。

讃美歌を原詩で味わう

讃美歌280「わが身ののぞみは」の原詩を味わうことに楽しみがあります。

近況

最近私は『The Cross』(Martyn LLoyd Jones)を読んでいます。キリストの十字架について考えさせられtています。

悔い改めの祈り

偶像礼拝を悔い改める祈り。理性が偶像とする罪を悔い改める祈り。

賛美はすばらしい

最近讃美歌を原語で聞いています。原語で味わい、自分の信仰の肥やしにしています。

自分の死をどう考える?

新聞記事から、死の受けとめ方画人によって違うことをあらためて知りました。

新型コロナウィルスと神の御心

新型コロナウィルス感染拡大の事態をどう考えるか、神さまはどう思っておられるのかを想像してみました。

新型コロナウィルスに聖書によって向き合う

新型コロナウィルス感染に対する私の向き合い方。神の摂理を信じて向き合います。

私の身によってキリストが

「生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています」。このパウロの願いを自分の願いとした私。

明日はわが身?

新型コロナウィルスの脅威に対する恐れ、ストレスは祈りによって解消しよう。

わたしの願い

牧師を隠退して募ってくる思い。福音が余すところなく宣べ伝えられているのだろうか、との思い。

礼拝と活動の自粛

活動の自粛、外出の自粛の中で、日曜の礼拝をどうするのか、教会の課題です。

時間の感じ方

朝目覚めたときの思い。今日も「老いの一日」を過ごす。明日も「老いの一日」の繰り返し。

自由へのあこがれ

自由に憧れるという賜物が私には与えられているのかもしれません。

なすべきことはただ一つ

私の終活をめぐっての思い。いの手与えられた聖句。

新しい歌を歌え

イエス様の言葉に思いを巡らして歌にしました。