クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

 内戦状態のシリアで取材していた日本人ジャーナリストの山本美香さんが死亡したとのニュースが報じられていた。山本さんのご両親にとっては、何ともやるせない辛い出来事だったにちがいない。僕にも子供がいる。子供が仕事を遂行する中で、殉教のような死を遂げるのは、親にとって辛いことである。戦争状態の中で報道の使命を貫き、使命遂行の中での出来事だった。「使命」という字は、命を使うと書く。消しゴムは、身を削ってその使命を果たす。ある日突然、自分の命が終わる、無念なことと思う。


 聖書によれば、この世界と人間を創造された神の目的は、キリストを中心として人類が一つになることである(エフェソの信徒への手紙一章)。現実は、一つとなるどころか、争い、対立が、この世界のあらゆるところに存在している。手が届きそうで届かないのが平和。聖書には、

「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ福音書5章9節)

とある。人はそれぞれの仕方で平和を目指している。僕は、そして教会は、自己中心という罪の悔い改めを宣べ伝え、キリストによる平和の実現を目指している。遅々たる歩みだけれども。僕の好きな聖書の言葉の一つに、使徒パウロの言葉がある。

「自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません」(使徒言行録20章24節)。

牧師として日曜毎に福音を宣べ伝える務めを果たしているので、この命は惜しくないといつでも言えなければならない。うっ。