クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

 僕が牧師になったのは35歳。信仰を持ったのが30歳。それから神学校に行って牧師となった。若い伝道者と話したりする時、自分ももっと若い時から伝道者になれたらとか、子供の時から聖書に親しむことができたら、と思うことがある。
 教会経験も少なく牧師になり、無我夢中、五里霧中で働いてきた。ようやく牧師として大事なことは、信者を育てる弟子訓練だとわかる。どのように育てたらよいのか、学び、少しずつ実践してきた。この何日か、キリスト教入門の指導者用のビデオを見ている。自分が牧師として働ける年数が指で数えることができると、後どれほどのことができるのか、とため息をついたり、急に空しさを感じたりする。時すでに遅し。所詮、中途半端になってしまうのではないか、との思いに誘われる。あ〜あ、自分はいつも出発が遅い。でも自己憐憫に陥っている暇はない。中途半端でもやるっきゃない。そう自分に言い聞かせていた。
 でも新しい思いにデボーションを通して導かれた。陸上競技でリレー競争がある。バトンを次々に渡していく競争である。ひとりで全部を走るのではない。学生の箱根駅伝でもそうだが、自分が走るのは一部。牧師も歴史の中でなされる教会の働きを一時期を担い、後は、後継者にその働きを引き継いでもらうことになる。良い状態でバトンを渡せることができればよいと気づかされて気持ちが落ち着いた。神さまが僕を用いてくださることを喜び感謝する。よい走りをして、次の走者にバトンを渡すこと。僕は弟子訓練というレースを走り始めている。