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隠退牧師 holala によるブログ

 列王記下17:1〜23


(内容)
 イスラエル王国アッシリア帝国によって滅ぼされました。それはイスラエルの人々が、エジプトの王ファラオから彼らを解放した主に対して罪を犯し続けたからです。即ち、他の神々を礼拝し偶像礼拝を行ったからです。

(黙想)

  • 神を信じるとは、神さまが指示されるように信じ、また礼拝すべきと教えられます。十戒には次の戒めがあります。
  1. わたしをおいて他に神があってはならない
  2. 像を造ってはならない
  • イスラエルの人々は、他の民族の人々が礼拝する神を礼拝し、像を造って神を礼拝しました。十戒に背き続けたため、神さまの手によりイスラエル王国は滅亡しました。神はイスラエルを侵略者(アッシリア帝国)の手に渡し、御前から捨てられました。神がイスラエルを見捨てる前に、イスラエルの方こそ神さまを見捨てたと言うことができます。彼らは、神さまがお命じになったように神を礼拝せず、自分の都合のよいように礼拝しました。
  • イスラエル王国の最初の王ヤロブアムは、イスラエルを主に従わないようにしむけ、彼らに大きな罪を犯させました。ヤロブアムは金の子牛を造り、これを礼拝しました。後に続く王たちは皆、ヤロブアムに倣い偶像礼拝を続けました。列王記下には、イスラエルの王たちがヤロブアムの道を離れなかったと繰り返し書かれています。ヤロブアムは悪しき模範を残しました。良い模範を示すことができればよかったのに、そうではありませんでした。
  • 偶像を造り、これを礼拝するようになると礼拝は儀式的になり、神の戒めを守ることがおろそかになります。さらに神さまのみ心に思いを向けることがおろそかになります。イスラエル王国において、またユダ王国についても、人々は町ごとに聖なる高台を築いて礼拝をしたと書かれていますが、偶像礼拝をしたのです。この聖なる高台は取り除かれませんでした。神さまの心に思いを向けることをしないと、いつの間にか、私たちは偶像を造ってしまいます。それは形ある像とは限らず、私たちの心のなかにできる偶像です。自分のイメージに合う神を造ってしまうのです。
  • 私たちは日曜日教会で礼拝を献げていますが、聖書を読み、説教を聞き、神さまのみ心に心を向け続けないと、私たちの礼拝が聖なる高台の礼拝に堕落してしまう可能性があるのではないかと思わされました。
  • イスラエルは最後にアッシリア帝国によって滅ぼされてしまいました。イスラエルは小国であり、大国の侵略に対して、これを迎え撃つ力はありません。抵抗して滅びるか、その支配に降るか、選択しなければなりません。でも第三の道として、神に信頼し、神に助けを求め、神にゆだねるという道もあります。神さまがどのように導かれるのか人間には分からないので、先の見通しが立たないという点で不安があるかもしれませんが、信仰者は本来、神の導きを求め、この導きに従って生きるものです。


(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か

  • 神は偶像礼拝を嫌われます。
  • 神は悔い改めない不信仰なものを見捨てられる方です。
  • 神はいかなる場合も、信頼されるべきお方です。

☆神が求める私たちの生き方

  • (警告)私たちの行いが、悪い見本を示していないだろうか。
  • (勧め)良い模範を残すことは大切です。
  • (勧め)人間の分別で物事に対処するのではなく、神の導きを求めることが大切です。
  • (警告)神さまのみ心に向き合わない礼拝は、人間が満足する礼拝、偶像礼拝です。形式的に礼拝を守り続けることは、自分が造った神を礼拝する偶像礼拝になる危険があります。神さまのみ心に関心を持ち、神さまのみ心に従っているかどうか、私たちの礼拝が神に喜ばれる礼拝かどうか、吟味も大切です。


(神の導きを求めて)

祈り

  • 天の父なる神さま、聖書を読んで、私たちの献げる礼拝が、み心にかなう礼拝になっているのか、と思わされました。神さまのみ心に真剣に向き合わず、自分の宗教的満足のための礼拝に堕していないか、吟味を迫られるような思いになりました。お勤めとしての説教、お勤めとしての礼拝参加。教会に連なる者たちが聖書を読み、神さまの御心を知り、神さまのみ心に具体的に従って生きようとしているのかどうか。伝道が振るわない原因が、私たち自身にあるように思えます。私たちが本当に神さまの御心に生きようとしているのかどうか、神さまの御心に生きるべく、互いに励まし合う信仰者の交わりが教会にあるのかどうか。神さま、どう思いますか。
  • あなたは天からこの地上もご覧になり、あなたと心を一つにする者を励まそうとしていると聖書にあります。私たちはもっともっとあなたと心を一つにするようにすべきであると思います。そこに喜びと自由があると信じます。
  • 神さま、私は今「御言葉に生きるための一つの提案」というテーマを掲げたサイトを公開すべく準備中です。神さまの言葉に従って生きる方法を提案するものです。そして自分自身、神様の言葉によってどのように生きようとしているのか、私のデボーションを具体的に示し、良い模範となればと願っています。
  • 神さま、どうぞこの試みを祝福してください。ヤロブアムは悪しき模範を残しましたが、良い模範を示すことができればうれしく思います。パウロは「わたしがキリストに倣うように、あなたがたはわたしに倣いなさい」とコリント教会に向けて書いています。私を用いてください。
  • サイトの大枠ができあがってきたことを感謝します。いくつか細かい点で詰めなければなりません。参考書を読んで整えたいと思います。導いてください。

☆与えられた導き

  • 参考書を読んで、サイトのかたちを整える。