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隠退牧師 holala によるブログ

クリスチャンの成長(13)聖霊を内に宿して生きる-4

 礼拝の最後の祝祷で「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように」と牧師が宣言します。聖霊の交わりがあるようにとの祝福です。どんな祝福を私たちは期待できるのでしょうか。 

(1)聖霊の働きとは

 聖霊は神です。その神が私たちのうちに住んで下さいます。聖霊は私たちに働きかけます。確実に期待できる聖霊の働き、それは私たちが聖書を読むときに受ける聖霊の導きです。聖霊は、聖書が神の言葉であることを教えてくれる神です。そして私たちが神の言葉によって生きるように導いてくださる神です。この聖霊の働きを私たちは求め、聖霊の働きかけを受けることができます。ここに聖霊の交わりの一つの形があります。

(2)聖霊の働きを受けるための用意

 この聖霊の働きを受けるためには、私たちの側に用意が必要です。それは聖書を読み、聖書によって生きていきたいとの願いです。聖霊は私たちの意志を無視して、私たちを勝手に導くことはなさいません。み言葉に従って生きるという従順な思いが必要です。その願いを祈りで言い表します。

 「聖書が神の言葉であることを信じます。また信じさせてください」。聖書が神の言葉であることはいったん信じたらその後もその信仰に立ち続けることができるとは限りません。場合によっては私たちの心に疑いが生じたりします。ですから「信じます」と信仰告白をし、また「信じさせて下さい」と祈ります。聖書に親しむ生活を続ける中で、聖書を神の言葉と信じる信仰が少しずつ確かなものとされていきます。

「聖書を通して神さまの導きを受けることができるように導いてください」。

(3)聖書を思いめぐらす

 聖書を毎日読むことはよいことです。計画的に読むことは賢明だと思います。大切なことは「今日は聖書を読んだ」と読んだことに満足することではありません。聖書を読み、信仰者の務めを果たしたと満足するのは自己満足でしかありません。

 読んだ箇所を思いめぐらすことです。そして神の導きを受け取ることです。私たちは神の導きを祈り求めて聖書を読みます。神は私たちに答え、導きを与えてくださいます。そしたらその導きに従います。これが聖霊の導きです。この導きを受けるには、慣れというか、訓練が必要です。ですから続けることが大切だと思います。

 私たちが礼拝で説教を聞くときも、神さまはこのように私に語りかけてくださったと感じるときがあると思います。それと同じことが聖書を読む時にも起きるのです。

(4)私の場合

 私自身は、週に3~4回聖書を読みます。一時間ぐらいかけて聖書を思いめぐらします。私は思いめぐらしたことをノートに書きます。書きながら思いめぐらします。そして聖書が語っていることと自分の状況を付き合わせ、この聖書の箇所から神さまは私に何を語りかけてくださっているのかと祈りつつ思いめぐらします。

(5)神の導きと信じる

 神さまの語りかけが直接聞こえてくるわけではありません。しかし聖書を思いめぐらし、自分の状況を思うとき、こうすることがいいのではないか、という思いが与えられます。私はそれを神の導き、聖霊の導きと信じます。そしてその導きに従います。

(6)励ましを与える聖句

 イエス様が悪魔の誘惑を受けたときに語られた言葉を紹介します。

マタイ4:4
人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。

 この場合の「生きる」はどう意味でしょうか。人それぞれの受けとめがあると思います。私自身は、聖書を読み、思いめぐらし、神さまの導きを受けることは、私には書かすことができません。これなしには、私は自分が信仰者として生きることはできないと考えています。聖書を読まなければ私は世の人と同じになってしまい、信仰者でなくなります。

イエス様はマタイ福音書の山上の説教でこう語られました。

マタイ 7:24~27
「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった」。

ヤコブ 2:14
わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。

 聖書を通して与えられる導きに生きることの大切さを聖書は語っています。聖書の言葉によって生きる、これは神さまが与えてくださる祝福です。私たちがどんな状況におかれても与えられる神さまの祝福です。聖霊は聖書を通して、御言葉によって生きるように私たちを導いてくださる神です。

 

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ムラサキシジミ 滝坂の道にて