クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

A長老とBさんの対話(19)罪に打ちのめされる

「A長老、こんにちわ」
「Bさん、こんにちわ」
「前回、人は時に自分の惨めさ、自分の罪深さを思い知らされることがあるとお聞きしました。私はちょっと怖いなと思って話を打ち切りました。でも続きを聞きたいと思いました」
「聖書には自分の罪を知らされて打ちのめされた人がいます。代表的な人としてダビデとペトロを上げることができると思います」
「ダビデが姦淫したという話しですか」
「そうです。彼は信仰深い王でしたが、王の地位にあっていつの間にか慢心するというか、傲慢になりました。権力は魔物です」
「分かるような気がします」
「ダビデは人妻と関係を持ちました。子を宿したと女が告げたのを聞いて、姦淫が彼女の夫ウリヤにばれないように、戦場にいる彼を呼び寄せ、家に帰ってゆっくりするがいいと命じました。でもウリヤは戦場にいる仲間を思い、自分だけが飲み食いし、妻と床を共にするわけにはいかないと語り、家には帰りませんでした。そこでダビデはウリヤを戦場で戦死させるように命じます」
「そんなことをするんですか。まあ権力があるからできるんでしょうけど。でもひどいですよね」
「ひどいです。まさに思い上がりです。そこで神さまは、ダビデの家臣のナタンをダビデのもとに遣わします。ナタンはたとえを話します。ダビデがそのたとえを聞いて反応したとき、『それはあなただ』と言ってダビデの罪を指摘しました」
「そうですか。自分の罪を知らされてダビデは、愕然としたでしょうね」
「そうだと思います。詩編51編はその時のダビデの悔い改めの祈りだと言われています。ダビデは、わたしの内に清い心を創造してくださいと祈りました。ペトロの話はご存じですね」
「はい、あなたのためなら死ぬ覚悟がありますと言いながら、イエス様を見捨てて逃げてしまったんですよね」
「その通りです。ペトロもまた夜明けに鶏が鳴いたとき、自分の罪に気づかされ、打ちのめされました。Bさん、罪に打ちのめされるってどういうことだか分かりますか」
「そういう経験はないので分かりません」
「自分の罪に打ちのめされると、自分のうちによいものが何もないと考えます。考えざるをえなくなります」
「何もないというのは少し極端ではないですか」
「そう思われるかもしれません。でも本当なのです」
「そんなことを言うなんて、A長老は、自分の罪に打ちのめされたことがあるのですか」
「それに似た経験があるかもしれません」
「さし支えなければ聞かせてもらえますか」
「私は最初、ある方に誘われて礼拝に通うようになりました。ある時牧師先生が、そろそろ洗礼を受けてもいいと思いますがどうですかと言われました。その時、私は罪がよく分かりませんと答えました。そしたら、それでは洗礼はまだですねと言われました。やがて自分の罪を知り、私は洗礼を受けました」
「その時、罪に打ちのめされたのですか」
「そんなことはありません。でも神さまの前に罪を犯していたとはっきり分かりました。罪のゆえに神さまに裁かれるのは嫌だと思いました」
「それで洗礼を受けたわけですね。それで」
「それからキリスト者としての歩みを始めました。うちの先生がある時説教の中で、『クリスチャンは案外、自分は神さまの戒めを守って生きていると思っているのではないか』と語られたことがあります。ドキッとしました。実は私がそうだったからです。自分は罪を犯す者であることは分かっているんですが、聖書を読み、神さまの教えを学び、真面目に生きていて、クリスチャンとして自分はよくやっていると思うわけです」
「なるほど」
「人間にはプライドがあります。ですから自分はよくやっていると思いたいわけです。そして思うわけです」
「私もそう思うことはあります」
「また別なタイプのクリスチャンもいるように感じます。その人たちは逆に、自分はクリスチャンとしてダメだというのです。具体的に聞いたことがないのでどうしてそう言われるのか分かりませんが、自分の心に湧いてくる思いや身近な人との関わりで自分の罪を思うのかもしれません」
「なるほど。それで」
「でもね、ギブアップしないのです」
「どういうことですが、ギブアップって」
「お手上げ、ということです。つまり私は罪深い者です、自分の力ではどうにもなりません、神さま助けてくださいと祈る、これがギブアップです」
「へえ~」
「このギブアップが罪に打ちのめされるということだと私は思っています。ダビデやペトロのように出来事として起きることもあると思いますが、日々の信仰生活の中で神さまの教えに向き合う中で、ギブアップすることもあると思います。私はこれです」
「なるほど」
「しかしね、Bさん。人間のプライドはすさまじいもので、クリスチャンはそう簡単にギブアップしません。罪が赦され感謝ですと言って、自分の罪に向き合わないのです」
「そんなことがあるんですか」
「Bさん自身はどうですか」
「え~と、え~と、今日はこれで失礼します」

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