クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

老いを生きる

 書店に行くと「老いを生きる」をテーマにした本をよく見かけます。著者を見ると文章を生業にしている人がよく書いているように思います。老いの時期に入り、自分が老いをどう生きるか、考えたこと、実践したこと、体験したことをもとに書いているのだと思います。老いは一冊の本を書かせるほど大きなテーマなのだと思います。

 あらためて思うのですが、老いを意識して生きることはストレスであり、緊張をもたらします。夜中にふと目覚めて、免許証を返還したら、暮らしはどう変わるだろうか、買物はどうしようか、などと考えたりします。暗闇の中で思いめぐらすのは気持ちのよいものではありません。何かが起きれば、何かを思えば心が乱される、それが老いの時期であり、さらには死という大変なことが迫っているのが老いなのだと思わされます。自分はいつ死んでもおかしくないとの思いを自分の中から追い払うことはできません。

 そこで老いをどう生きるかです。信仰者なので、こうしたいという思いがあります。以前ブログにも書きましたが、「いつも喜んでいなさい」は神の約束として可能であり、挑戦しています。でも人間の気持ちって複雑で、いつも喜んでいながらストレスめいたものを抱えているのです。しばらくこういう時期を過ごさなければならないと思っています。トンネルの中に入っているようなものです。

私の目標はパウロです。パウロはこう語ります。

フィリピ1:21~
わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です。こう確信していますから、あなたがたの信仰を深めて喜びをもたらすように、いつもあなたがた一同と共にいることになるでしょう。

 「この世を去って、キリストと共にいたいと熱望」する、この熱望を私も与えられることを願っています。

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