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隠退牧師 holala によるブログ

信じる心と疑う心(3)サタンの使い

コリント二 12:7
また、あの啓示された事があまりにもすばらしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。

 使徒パウロには、弱さがありました。それが何か明確ではありません。パウロ自身はその弱さをこう語ります。

わたしの身に一つのとげが与えられました。

 このとげは、パウロの弱さになっているのです。さらにこのとげは、

わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。

と語ります。パウロはサタンから痛めつけられるのです。サタンはパウロを攻撃するのです。しかしそれは思いがけない効果をパウロにもたらしました。それはパウロを思い上がらないようにする、というのです。

 思い上がらないことはよいことです。でもパウロはそのとげを取り除いて欲しいと神に三度祈りました。三度祈ったというのは文字通り三回というのではなく、何度となく切に祈ったという意味だと思います。そして神からの答えがありました。

コリント二 12:9
すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

 神はとげを取り去って欲しいというパウロの願いを聞き入れませんでした。そのとげのためにパウロには弱さがあります。しかし「力は弱さの中でこそ十分発揮されるのだ」との神の答えを受けとめ、パウロは自分の弱さを誇るという信仰に立って使徒としての働きに従事しました。

 私には疑う心がある。それにもかかわらず私は信じるという立場に立って私は信仰の歩みをしてきました。疑って不信仰の立場に立つのではなく、信仰の立場に立って信仰の歩みを続けました。疑う心、これは私にとっての「とげ」なのかもしれないと考えました。信仰を伝える立場の者が疑いの心をもつ、それが弱さです。人には言えません。

 このとげはサタンが送った使いと理解をしていいと思うようになりました。サタンは私に「疑い」という火の矢を射ているのだと考えるようになりました。すると火の矢に対する対処方法が、聖書に書かれています。そこにはさらにうれしくなる神の約束がありました。

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