クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

 朝、デボーション。牧師夫人会に出席する妻を会場の桜木教会まで送る。帰りCLCに寄る。新刊で興味深い本があったので購入。

『わたしにとって「復活」とは』(日本基督教団出版局)。

11名の方が復活について語っている。林あまり村上陽一郎、豊竹英太夫、三浦光世、G.ネラン、渡辺英俊、徳永道雄、八木誠一、椎名麟三、加藤常昭、木崎さと子の各氏が自己の復活理解を語っている。非常に興味深い。復活理解がある場所で問題になったこともあって、他者が復活についてどう理解している関心がそそられる。


 理解しがたい復活をどう解釈するか、理解するか、という人間的な視点で語る人が多いように思える。大切なのは、神の視点から復活を語り、信じ、理解することだと僕は思っている。神がイエスを復活させたのだから。


 復活を巡って心が動くあおりを受けて『知解を求める信仰』(K.リーゼンフーバー著)も買ってしまった。中世の神学者のアンセルムスの神学方法を指すのが「知解を求める信仰」なのである。理解するためにまず信じる。信じた上で理解しようとするのである。


 午後は弟子コースの学び。小牧者訓練会の指導者のビュンジェーチャン氏のセクハラ疑惑も影響してか、インターネット上では、弟子訓練の評判が悪い。キリストの弟子を育てるつもりが、自分の弟子を作る過ち、誘惑があり、それが問題化するから。しかし、

「たらいの水ごと、赤子を流す」

ことはしてはいけない。このことわざの意味がわからないかたのための解説。昔はたらいに水を入れて赤ん坊の体を洗ったのである。


一緒に学んでいる人たちが真剣にみ言葉に生きようとしている姿を見ていると目尻が潤んでくる。