holalaのブログ

隠退(引退)牧師holalaのブログです。

聖霊の導きを求めて(8)

 前回、丹羽鋹之(としゆき)牧師の本からその一部を紹介しました。この本は1983年に出版されました。私は既に牧師としての働きをしていました。なぜ、この本を古本で購入したのか、今は思い出すことはできません。確かなことは、丹羽牧師の心に共感を覚えたことです。「正直言って自分の中には、まざまざとした生きたキリストの経験がない。即ち聖霊の経験がない。”なんぢ尚ほ一つを欠く”という、この求めが切になってまいりました」とありましたが、この言葉に深い共感を覚えました。

 「かつて神の愛が理屈であった。聖霊も理屈であった。しかしそれから神の愛がこの胸にこたえ、この身にこたえる事実となり、ありがたく、うれしく、故に強く力を感ずるようになりました」。この言葉にも共感を覚えました。

 この体験を通して、丹羽牧師は力を与えられたと思います。次の聖句が丹羽牧師の身に実現したと私は思います。

あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。(使徒1章8節)。

また次のイエスの言葉も実現したのだと思います。

渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。
わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、
その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。
(ヨハネ7章37~38節)

 私は丹羽牧師とは、直接お会いして話したことはありません。魂の渇きのいやしを求める姿勢には共感を覚えます。1909年生まれで1978年で亡くなられています。私が最初に出会った、聖霊を飢え渇くように求めた方です。上に引用した二つの聖句は、私にとっても大切な聖句です。わが身に実現して欲しいことを語っている聖句です。