クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

聖霊の導きを求めて(14)

 妻が洗礼を受けた教会にTさんという姉妹がいました。1994年4月、妻との電話のおしゃべりの中で彼女が「私が今通っている教会は友だちを連れて行きたくなる教会なの」と妻に言うのです。妻からそのことを聞いて、私はTさんの通う教会がどんな教会なのか関心を持ちました。残念ながら私が仕えている教会は、友だちを連れてきたくなる教会ではなかったと思います。「先生、友だちを連れてきました」と言われたことは一度もありません。

 彼女にとって、その教会の礼拝説教がよかったようです。この説教を友だちに聞かせたい、と思われたようです。それで私は彼女を通して、その教会の礼拝のテープを購入し、送ってもらって聞きました。何本カセットテープで聞いたのかは覚えていませんが、沢山聞いたように思います。また賛美もよかったです。

 その説教を聞いた印象は日記に書き留めてありました。「迫力がある。神に対する確信から出ている言葉である。心からの言葉、という印象を受けた」。

 説教を聞き始めて4ヶ月ほどして8月。毎年夏休みをいただいていますが、この時は、Tさんが通っている教会の礼拝に行くことにしました。朝早く御殿場を出て、東京まで出かけました。礼拝後A牧師と短い交わりの時を持ち、著書をいただき帰りました。その日の日記には、「A牧師はいい顔をしている。神に清められ、謙遜な人のもつ神々しいまでの顔である」記されています。後日、その日のことを思い出して書いた祈りの日記には「A牧師の慈愛に満ちた表情に驚いた」とあります。それなりに多くの牧師と出会いましたが、このような印象を持ったことは一度もありません。

 いただいた著書を読んでみると何と、この先生も聖霊のバプテスマを受け、異言を語る、と書かれていました。さらに異言を語るには、どうするか、ということも書かれていました。力強く印象に残る説教を語り、その表情がみ言葉に生かされているように思えました。その牧師が、聖霊のバプテスマを受けて異言を語るというのです。そうなのか、と思いました。

 丹羽牧師の真似をして聖霊を求めて祈ったことを書きました。それがいつのことかは日記に書いていないので分かりませんが、丹羽牧師も祈る中で聖霊に満たされて異言を語り出しました。

 私が異言もどきを語り出したのは、1994年7月のことです。しばらくは異言(もどき)で祈っていました。でもこれで私のあがきが終わったわけではありません。私の聖霊に対する求め、渇きは強くなる一方でした。イエス様が約束されました。

 使徒言行録1章8節
「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」。

 この言葉はペンテコステの日に実現しました。イエス様のこの約束は、ペンテコステの日だけに当てはまるものではないと私は思っています。イエス様の弟子たちだけがイエス様の証人ということはありえません。私たちだってイエス様の証人であり、証人だから伝道ができます。その時も今も、イエス様の言葉は私の身に実現して欲しい、イエス様の約束と受けとめています。イエス・キリストの福音を証人として伝える、それが伝道者だとの思いは今も変わりはありません。

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白蝶草(ハクチョウソウ) 散歩道にて