クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

わたしの人生観

 いつからその考えが自分の中にできあがったのかは思い出せません。少しずつ醸成されたのだと思います。それは私の人生観です。人生をどう見るか、です。

 私が好きな聖書の物語の一つは出エジプトの物語です。エジプトの国で奴隷であったイスラエルの民。神は大いなる力を発揮して彼らを解放しました。神は彼らに約束の地を与えることを約束しました。乳と蜜の流れる肥沃な土地です。自由に生きることのできる土地です。エジプトを脱出した民は、その地を目指して旅をします。荒野を旅します。

 荒野には困難がありました。信仰によって困難を乗り越えるべきでした。神に信頼して困難を乗り越え、約束の地を目指して歩むべきでした。しかしイスラエルの民は神に信頼することをしませんでした。逆にエジプトにいた方がよかったなどと言い出す始末でした。その不信仰を神はお怒りになり、約束の地に入ったのは、エジプトを脱出した人たちの子どもの世代の人たちでした。

 この物語はある意味でクリスチャンの歩みのモデルということができます。私はそう考えるようになりました。聖書の視点から言えば、人は皆罪の奴隷です。罪の支配下に置かれています。イエス・キリストが救い主としておいでになり、私たちを罪の支配から解放しました。イスラエルの民がエジプト王の奴隷状態から解放されたように、私たちは罪の支配から解放されました。そして私たちも約束の地、つまり神の国を目指して歩みます。イスラエルの民が旅した荒野、それは私たちにとっては「人生」です。私たちは信仰によって、神に信頼して人生を歩みます。生涯を歩みます。

 イスラエルの民は、荒野の旅で苦しむとエジプトにいた方がよかったと語りました。エジプトに戻ろうと時に主張する者もいました。私たちは人生という荒野を歩むとき、罪の支配下に戻ることはしません。イエス・キリストの救いの恵みによって、罪と闘い、罪に打ち勝ち、罪から清められて神の国に迎えられる者となります。

 人生とは、神の国を目指す旅です。ジョン・バニヤンの『天路歴程』を思い出します。

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どんぐりを拾うおさなご