クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

老いと祈り

 歳をとり老いを感じることが多くなりました。食事の量が少なくなりました。パスタや丼物をつくろうとするとき、一人分のご飯やパスタの量を少なくしました。山に登る気力が失せました。体力が落ちたことと万一何かあったらという不安があって、出かけることにためらいを感じるようになりました。散歩に行くときでさえ、連絡先を書いたメモをスマホと共にバッグに入れています。血圧が高くなったので毎月医者に通い、薬を処方してもらっています。今はさらにドライアイと診断され、一日何回か、目薬をさしています。今は「かかりつけ医」を持つようになりました。程度の差はあれ、だれもがたどる道でしょうか。

 歳をとった信仰者が「何もできなくなりました」と言うとき、決まって言われることがありました。

「祈ることはできますよ」。

 そして外的な活動が少なくなった今、祈ることに召されていることを思うようになりました。私は今、奈良高畑教会の礼拝と祈祷会に出席しています。祈祷会はリモート祈祷会で、インターネットを介しての祈祷会。パソコンの画面に参加者の顔が映し出されるので一体感を感じることができます。

 今は聖書そのものの学びは中断し、参加者の一人が「聖書の人物をめぐって」と題して、聖書に登場する人物を取り上げて話をし、その後祈ります。参加者の思いを毎回聞くことができるのは楽しみです。祈る前に教会員の消息について牧師から報告がなされ、教会の課題や個人のための祈りをささげています。こうして聞いた個人消息を覚えて日々祈ることも老いの中にある信仰者の務めと思っています。

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スミレの種 散歩道