クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

人生航路の第三段階(17)神を見る

 使徒パウロは、フィリピ書でこう書いています。

フィリピ 1:21~24
わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。
けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。
この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。
だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です。

 パウロは、「この世を去って、キリストと共にいたいと熱望して」いると語ります。そこで死ぬことは益であるとも語ります。「死ぬことは益」と語るのは驚きです。パウロは死を越える希望について、キリストと共にあることを熱望しています。私はパウロの信仰の境地に達していないので、彼のような告白ができるようになったらうれしいと願っていますが、まだ途上です。私の希望は、神を見ることです。

コリント一 13:12
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。

 神は霊ですから肉眼で見ることはできません。神の国に迎えられたとき、顔と顔を合わせて見ると聖書にあります。どんな風に神を見るのか、今はそれは分かりませんが、そのときには見るとの聖書の言葉が実現することを信じます。神を見る希望にワクワクしながら、息を引きとることができることが地上生活の最後の望みです。神の国ではどんな賛美がされているのか、その賛美に加わることも楽しみです。

 パウロのように「この世を去って、キリストと共にいたいと熱望」するようになることはいつも祈っている願いです。

 人生行路の諸段階は今回が最後です。

馬見丘陵公園 2023.2.22 梅満開