クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

説教奉仕で知る教会の現実

 私が牧師になって最初に赴任した教会は、小さな教会でした。今から40年以上も前です。礼拝出席者が10数名。日本基督教団の中部教区に属する教会で、教区から牧師謝儀援助を受けている教会でした。そのおかげで、私は牧師として生活できる謝儀をいただくことができました。その当時から、私は教会の将来に対して危機感を抱いていました。なぜ危機感を抱いたのか分かりませんが、伝道がなかなか実を結ばない現実を目にしたからかもしれません。

 牧師を引退してからは、礼拝説教を依頼される機会があります。昨年は、A教会に月一回、一年間説教奉仕をしました。牧師が辞任し、牧師がいない状態でした。私のほかに説教奉仕をする方がいました。私と彼でA教会の礼拝を支えたことになります。

 A教会の礼拝に行ったとき、最初礼拝出席者は10名でした。讃美歌の伴奏はヒムプレーヤーで、オルガン奏楽者はいない状態です。福音を伝える説教奉仕は私にとっては喜びであり感謝でした。後任の牧師が備えられるように祈りました。役員をしている男性と礼拝後昼食を食べながら話をしましたが、教会の今後について心配しておられました。果たして牧師を迎えることができるのか。教会員の人数を考えると十分な牧師謝儀を用意でき来ないので、果たして牧師を迎えることができるのか不安を抱えておられました。礼拝出席者が年々減少する現実は否応なく、教会の存続も考えざるを得ません。でも礼拝では、大きな声で賛美をされ、説教を聞いてくださいます。

 11月の礼拝に行ったとき、週報に教会員が亡くなったと記されていました。それから入院した教会員がおられたりして礼拝出席者が6~7名の状態が続きました。その週報には同時に、12月にB牧師が礼拝説教することが書かれていました。どうやら、4月からA教会の牧師になる予定の方のようでした。独身の方で年金を受け取っておられる方と理解しました。教会として用意出来る謝儀は少なくても、生活は大丈夫のようです。ほっとしました。

 B牧師の赴任が決まったとき、教会員の方たちが神さまが私たちの教会を顧みてくださったと深く感謝しておられたのが印象に残りました。教会がいつまで礼拝を続けることができるのか、心配しておられる気持ちが伝わってきました。

 今度の日曜日は、C教会の礼拝に説教奉仕で出かけます。牧会する先生が病に倒れ、緊急の応援です。その教会も礼拝出席者は10名以下です。その先生は高齢であり、もし復帰できなかったら教会はどうなるのか、心配です。

 それぞれの教会が今後どうなるのかは予測できませんが、信徒の方々は毎週神さまを礼拝するために教会に来られます。教会を支えておられます。

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